【救急救命士制度】誕生~現在のお話

救急隊

1991年に救急救命士制度ができて今年で30年。

救急救命士法の改正で令和3年10月1日から、やっと病院勤務の救急救命士が処置を実施できるようになりましたね。

今回は、そんな救急救命士制度発足当時の概要をリアルタイムで知っている救急隊員はもう数少ないと思うのでその経過と今後についてのお話です。

ODANより引用

ニュースキャスターがアメリカのパラメディック制度導入を訴える

ある1人の「ニュースキャスター」の働きかけで、1991年に救急救命士制度はドクターカー方式ではなく、米国のパラメディック方式を選択しスタートしました。

そのニュースキャスター、日本の救急救命士制度を創った人物とは現在の神奈川県知事である黒岩祐治さんです。

きっかけ

ODANより引用

当時、黒岩さんはフジテレビ勤務で政治部記者から社会部記者になった時に消防記者クラブにも所属しており、東京消防庁中條総監との話の中で「今後の消防は救急がメインになり、【救急隊の応急処置範囲の在り方】は重要な問題になるので取材してはどうか」との話を受けたのが日本の救急救命士制度の最初の一歩でした。

取材開始

まず実情から取材を始めると消防組織は官僚主義的で、なかなか現場の隊員たちは実情を話してくれなかったそうです。

ここでも中條総監自ら取材を受ける職員達に「責任は自分が取るので協力するように」とまで言ってくれてなんとか継続できたそうです。

黒岩さんはご自身の著書の中で、中條総監の英断がなければ救急隊の改革は不可能だったと言い切っていますが、消防組織の体質は良くも悪くも21世紀の今も同じです。

取材を始める前は救急隊もなんらかの医療行為を現場や車内で実施していると思っていたそうですが、実際は日本の救急隊は心停止の患者であっても医療行為は認められないという現実を知ります。

つまり心肺停止の場合であっても実施できるのは心臓マッサージ(胸骨圧迫)と気道確保、人工呼吸のみでした。

ODANより引用

これが【救急隊の応急処置範囲の在り方】問題です。

海外の取材を通じて既に欧米では現場や救急車内で医療行為が開始され、パラメディック制度を導入していたアメリカの救命率は日本の4倍にもなるという事実にも衝撃を受け、助かる命を助けるためには日本にもパラメディックの様に医療行為が可能な救急隊が必要だとキャンペーンを始めました。

しかし、ここでまさかの大反対にぶち当たります。

医師法第17条 【医師】でなければ、医業をなしてはならない

大反対をしてきたのは、日本医師会と麻酔学会です。

理由は医師法第17条に違反するという理由です。

ODANより引用

その反面、取材を進めると日夜救命にあたっている救命センターの医師たちは「救命の現場では医師法より緊急避難と考え人命を救うことが最優先だ」と賛成派が多数という事実もわかりました。

結果的にはキャンペーンを通じて,世論は圧倒的に黒岩さんの意見を支持し、日本医師会の主張は支持されることはありませんでした。

法は、国民の生活をより豊かにするために存在しています。

その豊かな生活の根本は命です。

命がなければ豊かさも何もありません。

現在の医師法は旧医師法が1906年に制定され、戦時中の国民医療法を経て1948年に制定されました。

この法律ができた時は、このような状況を想定していなかったのでニーズに合わせて変化していくべきです。

前述したとおり、世論はパラメディック制度導入に味方し医師法の条文にしがみつき既得権益を守ろうとする医師会に打ち勝ち、キャンペーンは大成功で国会でも全会一致で救急救命士制度誕生が誕生しました。

と、聞くと万々歳ですが実際は。。。。

救急救命士はパラメディック?

ODANより引用

救急救命士制度はフランスで実施されていたドクターを救急現場へ派遣し高度な医療を現場から提供するシステム、いわゆるサミュ方式ではなくアメリカのパラメディック制度を模倣し、救急隊員が救命に必要な医療処置を行う方式が目標でした。

しかし、世論を味方につけ制度自体は法案成立しましたが、いくつかの課題が残りました。

1 気管内挿管は器具を使用した気道確保

2 薬剤の使用はできず静脈路確保のみ

3 除細動も含め全て医師の指示が必要

最終的に早期の法案成立のために、反対派の面目もある程度立てるような日本らしいおとしどころとして国会通過となりました。

段階を経て実績を積みながらグレードアップをしていくという理由も一理ありますが、パラメディック制度を導入と言いながらなんとも中途半端な法案成立だと今でも思っています。

実は、国会審議でドクターカー方式が理想でパラメディック制度はそれまでのつなぎと位置付けられていたそうです。

薬剤に関しては「セルシン,ボスミン,ニトログリセリン,キシロカイン,プロタノールなど」の薬剤使用をと訴える議員もいたそうですが、精神科医でもある他の議員が「医師でない者が注射という医療行為を行うのは問題。救命救急だから,という抜け道はけしからん」と大反対したそうです。

しかし、昭和30年代には東京消防庁救急隊でカンフル剤注射をしており、ある時問題になった時に裁判では緊急避難的な使用はおとがめなしとなったという事実が存在します。

ODANより引用

現在の救急救命士制度

救急救命士制度が確立して30年。気管内挿管や血糖値測定やそれに伴うブドウ糖の投与、アドレナリンの投与などある程度は前進していることは事実です。

これは、救急救命士の皆さんが救急活動を通じて、世間に認められた結果だと思います。

メディカルコントロールとも関係が深まり、おそらく救急救命士制度設立時より処置拡大について反対する人たちも少なくなってきていると思います。

今後の処置拡大については、他人任せではなく救急救命士自らが直接的に間接的にかかわることが理想ですが、公務員ですのでそのあたりは各所属の考えもあるのでちょっと微妙ですね。

では、どうすれば?

ODANより引用

大学教員になった救急救命士

現在は多くの大学が救急救命士養成課程を持つようになりました。

専門学校の救急救命士養成課程との違いは、その教員の社会的な立場です。

彼らの多くは、消防時代に救急救命士養成課程を持つ大学へ通い学士号を取得しています。

中には博士号まで持つ方も存在します。

ODANより引用

30年前に救急救命士制度が発足した時は、当時フランスとアメリカの制度を取材した黒岩さんの言葉に世論が共感し短期間で救命士制度が出来ましたが、残念ながら救急隊員側からの理論的、合理的な発信は何もありませんでした。

これは、当時の状況からは致し方ないことだと思います。

しかし、現在は大学教員になっていろいろな研究や論文作成や授業の一環としてよくアメリカの救急隊の見学にも同行しいろんな知見が蓄積されているはずです。

また消防を辞めてまで、現場を離れてまで大学の教員になった理由の一つには「もっともっと多くの助かる命を助けたい」の想いが必ずあったはずです。

彼らがさらなる処置拡大で連携すればもっと強くいろんな方面に発信でき、必要なら医師会とやりあうことも可能なはずです。

今後の救急救命士制度の発展は社会的立場や実績も十分である彼らの本気度にかかっていると言えます。

そうでなければ専門学校の救急救命士養成所だけで十分です。

ドクターカー方式に移行するにしても、完全なパラメディック制度にするにしてもいずれにせよ、人命にかかわる問題で30年は長すぎませんか?

救急救命士の病院勤務は医師の残業時間の削減目的もあるらしいですが、その時に抱き合わせで処置拡大を盛り込むような戦術もあったように思います。

また、まだ稀ですが消防の救急救命士から医師になった人物もいてますので、彼らの声も今後注目しましょう。

まとめ

  • 救急救命士制度は一人のニュースキャスターのキャンペーンから
  • 救急救命士制度に医師会、麻酔学科が大反対
  • 救急救命士制度設立当初はかなりパラメディック制度よりグレードダウン
  • 救急救命士が世間に認知され少しづつ処置拡大するもいまだにパラメディックとは呼べない現状
  • 各大学の教員となった元消防救急救命士が今後の処置拡大のキーパーソン

今日はここまで~。

お・し・ま・い

参考文献

黒岩祐治著「消防官だからできること」 リヨン社 2005年 

Bitly

麻酔を核とした総合誌「リサ」Vol.03 No.11 1996-11 「救急救命士誕生の背景と今後の課題」

黒岩祐治著 救急医療にメス―走れ!家族のための救急車

Bitly

コメント

タイトルとURLをコピーしました