【傷病者の搬送及び受入れの実施基準】の実際
前回は「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」の受入れ側である病院のお話でした。
今回はその続きで搬送する側の救急隊についてです。
救急隊は次の実施基準が決めれらています。
- 傷病者観察基準
- 病院選定基準
- 観察内容の伝達基準
もともと大阪府では前世紀の1998年から府下全域でウツタイン様式が統一されていた歴史もあり、また大阪独特のちょっとでも得したれみたいなところもあってか、ウツタインも含めて全部まとめてアプリ化したらよくね?って感じで救急隊からの情報(病院前の情報)と病院搬送後の情報を一元化すると共にウツタインに必要なデーターの集積までやってます。
大阪バージョンは前回チラッと書いた「ORION:Osaka emergency information Research Intelligent Operation Network system」というナイスなネーミング!
ORION
【ORION】の目的
- ややこしい搬送基準をアプリで解消→救急隊の負担軽減
- 病院前と病院後のデータを蓄積、検証→さらに質の高い救急システムの構築
救急隊はアプリのとおり観察して入力したら、それなら診れるよ~って病院をアプリが教えてくれるので、そこに搬送連絡したらOKで活動に関するデーターが簡単に集まるっていう理論上は素晴らしいアプリです。
ORION使用方法
- 現場到着までにORIONを立上げ新規事案を作成
- 年齢性別の他、バイタルサインや症状など観察した結果を入力
- 入力後緊急度判定ボタンをポチる
- 症状に応じた病院が近い順に表示
- 該当する病院に救急隊から電話で詳細を連絡し受入れ可否確認
そしてこんな感じで病院が表示されます。
ややこしそうですが、慣れればそうでもないです。ただ緊急度に応じて時間が持つ重さが変わるので、状況に応じて最低限の入力をしてあとは搬送後にするこもOKです。
この場合の最低限は、病院検索に必要な部分となります。あとで入力する部分はデーター蓄積の部分です。
「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」≒ORIONの効果
では、医療機関収容時刻にどれだけ効果があったか、ファクトの確認をしてます。
大阪だけのデーターが探せなかったので、全国のデーターを総務省消防庁が公表している消防白書から抜粋しました。
他の都道府県はORIONではありませんが、他の都道府県も大阪と同様に「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」を運用していますので、その実施基準の効果で比較します。
前提として平成22年から各都道府県は「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」を運用しています。
実施基準導入前の平成20年から、コロナの影響が出る前の平成30年までの比較です。
- 平成25年以降だけをみると、救急件数は増加しているが医療機関収容時間はほぼ横ばい状態
- 現場到着時間は平成20年は7.7分、平成30年は8.7分で+1分ですが医療機関収容所要時間は35分から39.5分の+4.5分
という結果です。
全国の平均ですので、管轄が広い地域や病院数が少ない地域も含まれるので都市部ではもっと早いと思いきや、大阪市でも平成30年の現場到着時間は7.4 分、搬送先医療機関の医師に引継ぐまでの活動所要時間は34.6 分です。
平成25年以降医療機関収容時間が横ばい状態なのは、「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」の運用が周知され病院、救急隊ともに活用できるようになったと予想できます。
また、救急件数の増加に対して救急隊の増隊が追いついていない状況でも医療機関収容所要時間の増加が少ないので「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」はそれなりに効果があったのでしょうか?
そうではありません。短縮されていなければ「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」を創った意味がないですよね。
「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」が策定された目的はなんだったかってことです。
では「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」を策定するきっかけとなった事案を確認してみましょう。
大淀町立大淀病院事件
そもそもこの基準ができたきっかけは、平成18年に発生した「大淀町立大淀病院事件」です。
町立大淀病院で32歳の女性が出産中に脳出血をおこし、転院搬送先が長時間決定せず転院先の病院で出産後に死亡した事件。
毎日新聞がスクープしたことで社会問題として病院の受け入れ態勢の不備が顕在化し第171回国会総務委員会につながり、当時の救急隊員なら誰しも思っていた「名ばかりの救急医療体制」を是正すべくできた実施基準のはずです。
つまり最優先されなければならないのは、医療機関到着までの時間です。収集できるデータを分析し、より効率的なシステムづくりも必要ですが、その前の目の前の傷病者をはよ病院に連れて行かんとなんのこっちゃです。
【救急車】が出発しない理由
- 町立大淀病院事件をきっかけに平成22年から各都道府県は「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」を運用開始
- 救急値には症状に応じた適切な病院が直近順で表示される
これだけをみれば劇的に搬送開始が早くなりそうですが、じっさいは運用開始前より時間を要しているのが現実。
なんで?
前回でも少し触れましたが、救急隊が電話しても「処置中」「満床」「専門医不在」等々で断られることが多く、何回も電話をしなければいけないからです。
また、搬送連絡する際には観察結果や概要以外に傷病者の支払い能力や、同乗者、帰路の足の確保なども治療とは全く関係ないことを病院側が聞いてきくることがあるので1件電話するのに5分ほどかかる場合もあります。
それでも受入れしてくれるのであればいいのですが、ここまで聞いてくる病院では数分待たされてから「無理です」となることが多いです。
そんなこんなで救急隊がなかなか現場を出発しない理由の一番は病院が決まらないでした。
「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」の運用側のキモは何でしょうかね?
正しい情報の入力が大前提で成り立つシステムですよね。
でもなぜか院内の状況が変化して受入れが〇から×に変わっても、その情報が更新されていません。
システム自体は優れているのに運用側がエラーを繰り返すのであれば、税金でできたシステムなので何らかの罰則を設けてもいいぐらいです。
また、補助金や助成金目当てで意図的に常に受入〇にしているのであれば、これはもうりっぱな詐欺です。
交差点の信号は一定時間交差点内に車も人も居ていない時間帯を作ることで交差点内の事故を防ぐっていう大前提があります。
全ての人がルールを守れば絶対に事故は発生しません。しかし、現実には「ちょっとぐらい」の連鎖で交差点は事故の多発地点となっています。
同じように「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」も正しくシステムを理解し運用すれば、搬送した傷病者の救急車搬送から退院までの膨大なデーター簡単に収集でき、政府が進めているEBPMにも合致している世界にも誇れるシステムとして海外に輸出できるレベルの優れものだと思います。
まとめ
救急車が出発しないのは病院が決まらないから
「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」で病院を選定するシステムは全国的に整備済み
システム運用に問題あり
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