令和2年の大阪市救急隊の出場件数は217,430件、そのうちの不搬送件数は41,291件なので10件出場して2件は不搬送って感じです。
不搬送と言えば、いわゆる頻回利用者(日本語に直訳すると「常習者」)による事案が多くを占めており、本当に必要な人には迷惑ではすまない問題です。
それはさておき、今回は不搬送事案での救急隊の考え方についてのお話です。
不搬送になる理由として辞退や拒否、明らかに死亡状態などがあります。
このうち明らかに死亡状態である場合の不搬送についての対応は別記事で書いていますので、興味がある方はそちらを読んでください。
今回のテーマは辞退や拒否の時の対応についてです。
結論
例え、常習者の要請であっても不搬送が決定するまで、または当初から強く不搬送を当事者が希望していても経時的に観察し記録する。
理由
- 不搬送は今の社会ではリスクが大きく、訴訟に備え自身の隊と自身を守るために客観的な証拠が必要
- 各地域で策定されている観察実施基準に基づき経時的に観察することで、万が一に裁判になった時に正当性を主張でき、また変化をひらえる場合があり搬送を希望していない当事者も搬送に応じる場合がある
- 人材育成のために時間的余裕がある事案でのリアルな観察はメッチャ貴重
不搬送のリスク
常習者の要請であることや、接触時から強く搬送を拒んでいるという理由で十分な観察を実施せず、次の事案に備えるために引き揚げたって経験ありませんか?
また、現場で危険な状態の傷病者の家族から「実はさっきも救急隊呼んだけど本人が嫌がったので搬送を断りに様子を観ていた」と聴取したことは?
今の時代では、どちらも転帰次第では前者で当該隊が、後者では前に対応した隊が訴えられる可能性がありますので、基本的に不搬送はリスクがあると意識して活動することが必要になります。
要するに不搬送にするならば自隊と自身を守るための活動にシフトし、客観的な証拠をできるだけ残して、不搬送に至った経緯を記憶ではなく記録に残すことです。
そのためには、患者監視装置を最大限に活用し数分ごとのデーターを記録しておきます。
患者監視装置は現場にも持ち出しも可能ですし、設定さえしておけば継時的に記録してくれるので、その分限られた人数と時間の中での現場評価や聴取も有効に実施できます。
1回観察して数分後には引き揚げる場合に比べ、経時的な客観的なデーターを収集することで、必然的に現場滞在時間は長くなります。
数分で引き揚げるとすぐに次の事案に備えることが出来るので、不搬送はサッサと片づけるとよく聞く理由です
確かに本当に必要な救急にすぐに対応できるという考え方も一理あるように聞こえます。
しかし、それを補うための方法を観察不十分でカバーするのは本末転倒になりますし、出場体制自体はシステムの問題ですので、現場の最中に考えることでは無いです。
現場の救急隊は目の前の現場最優先であるべきです。
よく、ある程度の経験を積んだ救急隊長や隊員はちょっと診ただけで(←これも見ただけが正解)経験上大丈夫と言いますが、それの根拠はただの勘です。
どんな事案でもしっかり観察することをルーチンにしておくことで、誤った死亡判断の回避にも繋がります。
今では病態別プロトコールもあるので、それを忠実に守ることも必要です。
小隊長の皆さん、時代に合わせ考え方もシフトして不搬送はリスク大として意識して活動しましょう。
万が一に備えて、保険の加入もお勧めします。
経時的観察の重要性
最初の観察では、バイタルに特に異常は認められなくても「なんかへんやな?」って思う事ってありますよね。
特に虚血性心疾患は一次的な発作状態を経てから回復時に救急隊が到着するような場合もあります。
観察の結果、ECGを含め異状なく本人も「もう大丈夫」と言っても、もうちょっと粘って経過観察を行いましょう。
不搬送にする場合の「勘」はダメですが搬送に繋げる「勘」は大いに活用して下さい。
実際、現場で経時的な波形の変化を12誘導心電図測定することでひらえたことは何度もあります。
私は試したことは無いですが、背部誘導心電図(V7、8、9)まで測定するのもありです。
救急隊員の勝負所は現場観察です。観察とは物事の状態や変化を客観的に注意深く見ることです。変化を見るには時間が必要です。
人材育成
訓練でのOSCEやシミュレーションでの神の声、シミュレーション人形での実測などの方法も、もちろんスキルアップにかかせない方法ではあります。
しかし、生体に勝る教材は存在しません。
現場観察を行う時間的な余裕があると判断した場合は、積極的に経験が浅い救急隊員に全て実施させて知識と現場をリンクさせてあげましょう。
人材育成の記事でも書きましたが、現場観察OJTのいいチャンスです。
承諾を得られれば、全身観察も行うことで感覚が蓄積され、知識として持っていた言葉ともリンクしていきます。
観察は機器だけでなく人が持っている五感をフル活用するということを理解するには1人でも多くの生態観察をすることです。
「おじいちゃん、昨日から食欲ないねん」⇒観察⇒フレイルチェスト
子供の発熱⇒観察⇒背部臀部に数ヶ所アザ
この様な事案を何件か経験しましたが、搬送先も変わってきますよね。
また、ご本人やご家族への状況説明のいいチャンスにもなります。
フォローをする隊長は現場を俯瞰図で見て、コントロールや助言をお忘れなく。
まとめ
搬送を辞退もしくは拒否していても、リスク回避と急変、人材育成のためにしっかり観察して評価しましょう。
観察力の向上は将来の処置拡大にも即応可能です。
K1225
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