序章

突然ですが、救急医療と聞いて何を思い浮かべますか。救急車、サイレン、ストレッチャー、病院。多くの人にとって、救急は「何かが起きたあと」の出来事かもしれません。
しかし実際の救急は、救急車が到着する前、119番に電話をかけた瞬間から始まっています。
電話口で聞かれる
「いつからですか?」
「どんな様子ですか?」
「会話はできますか?」
こうした質問は、単なる確認ではありません。その一つひとつが、命に関わる判断材料になっています。
このシリーズでは、「救急はどのように判断され、どのようにつながっていくのか」をできるだけ専門用語を使わず、一般の方にもわかる形で解説していきます。
構成は次の三部です。
- 第1章:119番通報と緊急度判定
- 第2章:救急現場での緊急度判定(脳卒中を例に)
- 第3章:それらを支える考え方「PEMEC」
救急は、「プロが全部やってくれる世界」ではありません。
気づき、伝え、つなぐ。その最初の一歩を担っているのは、通報する「あなた」です。 このシリーズが、いざという時に慌てず行動するための小さな地図になれば幸いです。
第1章|119番と緊急度判定
なぜ119番では細かく聞かれるのか?
119番に電話をすると、思った以上にたくさんのことを聞かれます。
「早く救急車を出してほしいのに」「そんなこと聞いている場合?」そう感じたことがある人もいるかもしれません。

ですが、あの質問の多さには明確な理由があります。119番通報は「相談」ではなく、「評価」だからです。
救急は「今すぐかどうか」を判断している
救急の世界でまず大切にされるのは、どれだけ重い病気かではなく、どれだけ急ぐ必要があるかです。
その考え方をわかりやすく表すために、救急ではよく「色」で状態を考えます。
- 赤:今すぐ命に関わる可能性が高い
- 黄:急いだ対応が必要
- 緑:今すぐではないが、診察は必要
これは重症度のランクではありません。時間との勝負かどうかを示す、信号機のようなものです。
同じ症状でも、判断は変わる
たとえば「胸が痛い」という訴え一つでも
- 冷や汗が出ている
- 息が苦しそう
- 会話ができない
- 顔色が明らかに悪い
こうした状態を通報で把握できると、「赤」と判断されます。

一方で、
- 数日前から続いている
- 動いたときだけ少し痛む
- 普通に会話ができている
場合は、「黄」や「緑」と判断されることもあります。つまり救急では、症状の名前より、その人の「今の状態」が見られているのです。
なぜ119番で細かく聞くのか?
- 呼吸は安定しているか?
- 血の巡りは保たれていそうか?
- 意識ははっきりしているか?
を必死に組み立てています。
「普通に話せますか?」という質問は、会話力を測っているのではありません。脳や呼吸、循環に異常が出ていないかを確認しているのです。
119番のやりとりは「決められたルール」に基づいている
119番通報で行われている緊急度の判断は、指令員一人ひとりの経験や勘だけに任されているわけではありません。
日本全国の消防本部では、総務省消防庁が作成した「119番通報時 緊急度判定プロトコル」
という共通の考え方が使われています。

このプロトコルは、通報内容から「今すぐ命に関わる可能性があるか」「どの程度急いで救急車を出動させるべきか」を、電話のやりとりだけで判断するための道しるべです。
呼吸の様子、意識の状態、会話が成り立つかどうか。そうした質問の順番や意味は、あらかじめ整理されています。
つまり、119番で細かく聞かれるのは、時間稼ぎでも形式的な質問でもなく、「全国共通の基準に基づいた評価」なのです。
119番での質問は、「救急車を出すかどうか」を決めるためではなく、「どう出すのが一番命を守れるか」を考えるために行われています。
「救急車を呼ぶほどじゃないかも」という不安へ
多くの人が、「こんなことで救急車を呼んでいいのかな」と迷います。
ですが、119番で行われている緊急度判定は、まさにその迷いを引き受けるための仕組みです。
結果として「今すぐ救急車が必要ではない」と判断されることもあります。
それは無駄ではなく、適切な判断がされた結果です。
次回予告
次回は、救急隊が現場に到着したあと、どのように緊急度を判断しているのかを、「脳卒中」という身近で時間依存性の高い病気を例に解説します。
119番での判断が、どのように現場、そして病院につながっていくのか。その続きをお伝えします。
※本記事は、救急医療の教育・実務に携わる立場から、一般の方にも理解しやすいように構成しています。実際の対応は地域や状況により異なる場合があります。

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