東京一極集中と「止まらない指揮」という視点
※本記事は「消防装備の進化」3部作の最終回です。
・第1部:消防装備はどう進化してきたのか
・第2部:なぜ装備は重く・統合的になったのか
はじめに|装備の話を、ここで終わらせないために
ここまで、消防装備の進化について見てきた。
- 第1部では、装備がどれほど進化してきたか
- 第2部では、なぜ装備が「重く・大きく・統合的」になったのか
結論は明確で装備の進化そのものは、間違っていない。
ではなぜ、大規模災害のたびに「初動の遅れ」「判断の停滞」「現場の足止め」が起きるのか。
この最終回では、その原因を装備の外側――国家の指揮構造という視点から考えてみたい。
装備は進化した。だが「指揮」は進化しているか

現代の消防装備は、もはや単なる道具ではない。
- 通信
- 位置情報
- 情報共有
- 安全管理
これらが一体となったシステムであると前回にも書いた。つまり、装備が高度化するほど、指揮と判断の質が問われる。
ところが日本全体を見渡すと、この「指揮」という部分に、大きな弱点がある…
東京一極集中という「単一点故障」
日本の国家機能は、極端に東京に集中している。
- 政治
- 行政
- 情報
- 指令
- 意思決定
すべてが一か所に集約されている。これは平時には効率的に見える。しかし災害時には、はっきりとした弱点になる。
単一点が止まれば、全体が止まる。
これは公安職の世界では、絶対にやってはいけない設計である。

消防の現場では「止まらない設計」が常識
消防の指揮運用を思い出してほしい。
- 指揮官が負傷・不在になったら?
- 無線が途絶したら?
- 指揮所が被災したら?
そのたびに活動が止まるやろか。
答えは「止まらない」。
- 代理指揮官
- 予備通信
- 背面指揮所
- 現場判断の裁量
あらかじめ“止まらない前提”で設計されているが、国家はこれと同じ発想を持てているだろうか?
大阪副首都論は「政治論」ではない
東京一極集中の話になると、すぐにこんな反論が出る。
- コストがかかる
- 効率が悪い
- 現実的ではない
だが、これは論点がずれている。大阪副首都論は、経済や地域感情の話ではない。
これはBCP(事業継続計画)の話。
消防的に見た「多極分散国家」
消防の視点で、日本を見立てるとこうなる。
- 東京:本指揮所(政治・最終判断)
- 大阪:予備指揮所(災害対策・実動司令)
- 名古屋:後方支援・広域搬送
- 福岡:国際支援・西日本統括
これは理想論でも何でもない。
消防なら、ごく当たり前に組む配置。
むしろ、これを国家レベルでやってなかった方が異常な平和ボケと言える。
「全部移せ」とは誰も言っていない
誰も「東京を捨てろ」とは言っていない。求められているのは、
- 判断機能の分散
- 指揮権限の分散
- 実動司令の分離
すべてを一か所に置かない、というだけの話。
これは革命ではなく、消防では日常的な運用思想。
結論|消防はすでに“次の日本”を運用している
装備は進化した。
現場も進化している。
だが、国家の指揮構造だけが、昭和のまま止まっている。
現場を知らない人ほど、一極集中を選ぶ。
現場を知る人ほど、分散を選ぶ。
消防はすでに広域化が進んで「止まらない指揮」を実装しつつある。
次に学ぶべきは、国家の側。




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