JPRで取り組む海外の消防・救急・救助支援
消防士として身につけた救急、救助、消防の技術。それは、日本の消防署や災害現場だけで役立つものではありません。
世界には、救急車や消防車が十分にない地域もあれば、車両や救助資機材があっても、それを安全に使うための教育体制が十分に整っていない地域もあります。
救急隊員や消防隊員はいても、教育する指導者が少ない。交通事故は多いのに、事故現場から病院までの救護体制が十分でない。
そんな地域では、日本の消防・救急・救助の現場で積み重ねてきた経験が、思いがけないほど大きな力になることがあります。
私自身、消防士として勤務していた頃から、NPO法人「日本国際救急救助技術支援会(JPR)」の活動を通じて、ザンビア、インドネシア、カンボジアなどで海外支援に関わってきました。
この記事では、「消防士が海外協力に参加するとは、実際にはどんなことをするのか」を、私自身の経験を振り返りながら紹介したいと思います。
そして、20年以上にわたって活動を続けてきたJPRが、現在どのような国際協力に取り組んでいるのかについても紹介します。
消防士が海外協力に参加する方法は一つではない
「海外で消防や救急の支援をしてみたい」そう考えても、「英語ができないと無理では?」「海外で通用する特別な資格が必要なのでは?」と思う人は多いかもしれません。
もちろん、海外活動ですから語学、安全管理、現地機関との調整などは必要です。しかし、海外協力への関わり方は一つではありません。
国や自治体、JICAなどの国際協力事業に専門家として参加する方法もあれば、NPOやNGOを通じて活動する方法もあります。
さらに、実際に海外へ渡航しなくても、国内での研修受け入れ、教材作成、資機材支援、活動運営、寄付などによって国際協力に関わることもできます。
大切なのは、「海外へ行くこと」そのものではなく、自分が持っている経験や技術を、必要としている人たちへどう届けるかだと思っています。
ODAと消防・救急の国際協力
海外協力について調べると、よく出てくる言葉が「ODA」です。ODAとはOfficial Development Assistance、つまり政府開発援助のことです。
日本政府や関係機関が、開発途上国・地域の経済開発や福祉の向上などを目的として行う国際協力で、資金協力だけでなく技術協力も含まれます。

消防との関係で分かりやすいものとしては、消防・防災分野の専門家派遣、研修員の受け入れ、災害対応能力の強化、消防車両・救助資機材に関する技術協力などがあります。
消防士が持っているのは、消火技術だけではなく、救急、救助、指揮、安全管理、教育、訓練企画、災害対応など、国際協力で活用できる経験はかなり幅広いのです。
そしてまた、海外協力はODAだけではありません。NPOやNGO、大学、企業などが、それぞれの専門性を生かして現地の組織と協力する方法もあります。
私が長年関わってきたのが、その一つであるJPRです。
日本国際救急救助技術支援会「JPR」とは
正式名称は、特定非営利活動法人 日本国際救急救助技術支援会
英語名は、Japan International Paramedical Rescue Technical Cooperation Corps
略称をJPRといいます。
JPRは2005年1月17日にNGOとして発足し、2011年にNPO法人となりました。現役消防士を中心に始まった団体で、現在は消防・救急・救助分野の技術支援、人材育成、教育体制づくりなどに取り組んでいます。

ここで大事なのは、JPRの目的が単に、「日本の消防技術を海外で教える」ことではないという点です。例えば、日本人が海外へ行って数日間講習をして帰ってくる。もちろん、それも一つの支援です。
しかし、日本人が帰国した瞬間に教育も終わってしまえば、その効果は長く続きません。そこでJPRが現在重視しているのが、現地の人が自分たちで教育し、自分たちで組織を運営し、現地で継続できる消防・救急・救助の仕組みをつくることです。
その考え方がどのように形になってきたのかをまずは、私自身が参加した3か国から紹介します。
私自身が参加した海外支援
ザンビア 私の海外支援の原点
私にとって最初の海外支援となったのが、アフリカ南部のザンビア共和国でした。JPRは2005年2月、設立後初となる海外技術支援をザンビアで実施しています。
私はその翌年、2006年11月に行われた第2回ザンビア救急救助技術支援に参加しました。日本から香港、南アフリカを経由してザンビアへ。乗り継ぎを含めると約24時間。
今と違って海外活動の経験もほとんどありませんから、まさに未知の世界へ向かうような感覚でした。

第2回支援では、消防士、救急救命士、看護師、医師、医学生、一般社会人など総勢16名が参加しました。
ザンビア側も副大統領府危機管理局をはじめ16省庁・機関が参加し、最終日には約200人規模の多数傷病者対応訓練まで実施しました。

当時の私にとって印象的だったのは、単に技術を教えるというより、国や組織の違いを越えて一つの訓練をつくり上げていくことでした。日本では当たり前だと思っていた救急や救助の方法が、そのまま海外で通用するわけではありません。
資機材も違う。
制度も違う。
人員も違う。
道路事情も違う。
だからこそ、「日本ではこうしている」ではなく、「この国ではどうすれば実際に使えるのか」を考える必要があります。これは、その後の私の海外活動にも共通する大きな学びになりました。
支援活動だけではない海外での出会い
海外支援に参加すると、訓練だけでは得られない経験もあります。当時は現地テレビ局から取材を受け、消防・救急関係者をはじめ、さまざまな人たちと交流する機会がありました。
言葉や文化は違っても、一緒に訓練をすれば不思議と距離は縮まります。今振り返ると、海外支援で得たものは技術交流だけではなく、人とのつながりや異文化に触れる経験も非常に大きかったと思います。

活動終了後にはビクトリアフォールズなどを訪れる機会もありました。そして、ビクトリアフォールズのバンジージャンプにも挑戦。

今考えると、海外支援そのものだけでなく、こうした経験すべてが私にとって大きな財産になっています。
20年前の活動が、現在のザンビア支援へ
そして興味深いのは、ザンビアとの関係がそこで終わらなかったことです。JPRは2022年から現地のボランティア救急隊CERS(Community Emergency Rescue Services)への支援を開始し、現地指導者の育成にも取り組みました。
さらに2024年にはJICA草の根協力支援型案件に採択され、現在はザンビアの実情に合った外傷教育プログラムの構築や、消防、警察、行政、保健分野などをつないだ救急救助体制づくりへと活動が発展しています。
私が初めてザンビアを訪れた2006年から20年。あの時の活動が、形を変えながら現在へつながっているわけです。海外協力は「一度行って終わり」ではない。
そのことを改めて感じます。
インドネシア|短期支援を重ねながら技術を伝える
次に関わったのがインドネシアです。主な活動地は、ボルネオ島の南カリマンタン州バンジャルマシン市でした。JPRは2007年から調査を始め、2008年には複数回にわたる技術支援を実施しました。
私も2008年2月、5月、8月、11月の活動に参加し、一次救命処置、傷病者の観察、外傷の病院前救護、救出技術などを現地の隊員と一緒に訓練しました。
【写真:元記事のインドネシア訓練写真をそのまま使用】
最終的には、交通事故や災害を想定した総合訓練も実施しました。
JPRとしては2007年から2008年にかけて先行調査を含む計6回の支援を行い、その後も再支援が行われています。

また2009年からは、東ジャワ州スラバヤ市でも技術支援を開始しました。救急・救助技術だけでなく、大規模災害訓練、DIG(災害図上訓練)、消防学校での技術支援などへ活動が広がっています。
ここでも感じたのは、一度講習しただけで技術は定着しないということです。何度も現地を訪れ、前回教えた内容を確認し、その国の資機材や体制に合わせて修正していく。そして指導的立場の人材を育てる。少しずつですが、そうやって現場で使える技術になっていきます。
カンボジア 訓練から「自分たちで動く組織」へ
そして、私の海外活動を語るうえで外せない国がカンボジアです。私自身、短期支援を中心に約30回訪れました。当時はインドネシアでの活動とも重なり、多い年には年間7、8回海外へ行っていた時期もあります。
渡航費や滞在費を自己負担することも多く、今振り返ればかなり無茶をしていました。それでも、ここで得た経験は、その後の私の人生を大きく変えることになりました。

JPRのカンボジア支援は2008年の先行調査から始まり、2009年に短期支援、2010年以降は当時のJPR理事長の長期滞在型支援へと発展していきます。支援対象となったのは、カンボジア王国軍Brigade70内の災害対応部隊です。
そのため訓練場所は軍の駐屯地。日本の消防署とはまったく違う環境で消防、救急、救助を教える日々が始まりました。

初期の頃は、文化も環境も日本とはまるで違い戸惑いたのが、今はいい思い出です。
RRC711という実働部隊へ
JPRはその後、Brigade70内に、火災、救急、救助、各種災害に対応する災害派遣部隊Rapid Rescue Company 711(RRC711)の設立と育成を支援しました。
消防車や救急救助資機材を用意するだけではありません。救急では傷病者観察、応急処置、搬送。救助では交通事故車両からの救出、高所救助、ロープ、救助資機材。消防ではホース延長、送水、空気呼吸器、建物進入、安全管理。
文字通り、消防・救急・救助の基礎から部隊づくりを進めていきました。
当時の理事長が長期間現地に滞在しながら、それこそ手取り足取り怒鳴りながら隊員を育成し、私は短期支援で訪れるたびに、隊員たちの技術と意識が少しずつ高くなっていくのをしっかり感じていました。
印象に残る航空救助訓練
カンボジアでの活動の中でも、とりわけ印象に残っているのが航空救助訓練です。日本から現役の航空救助隊員を招き、手信号、地上と機上の意思疎通、ロープの取り扱いなど、基本から訓練を行いました。

実機を使った訓練では、日本とは機体の状態も装備も大きく違いました。そのため、その場で安全性を確認しながら訓練内容を変更する必要もありました。海外では、日本と同じ資機材、日本と同じ環境、日本と同じ安全基準がそろっているとは限りません。
だからこそ、現場を見て、その場で危険を評価し、無理をしない。消防活動では当たり前のこの考え方が、海外支援でも極めて重要だと実感した経験でした。
「日本人が教える」から「カンボジア人が教える」へ
カンボジア支援が本当に面白いのは、その後です。2013年度には、将来の指導者となるカンボジア人隊員が日本で研修を受けました。
2016年にはシアヌークビルに「カンボジア・日本友好防災学校」が設立され、さらにRRC711の指導者が自国の隊員を教育する体制へと発展しました。
つまり、日本人がカンボジア人に教える段階から、カンボジア人がカンボジア人を育てる段階へ移ったわけです。
私は、これこそ国際協力の一つの理想形だと思っています。そしてRRC711は、昔の「訓練部隊」ではありません。
2026年現在も交通事故、火災、救急搬送などの実災害に出動する実働部隊として活動しています。JPR公式サイトには現在もRRC711から送られてくる救急搬送事案が継続して掲載されています。
20年近く前に始めた訓練が、現在、人を助ける実際の活動として続いている。これを見ると、海外支援の価値は「何人に講習したか」だけでは測れないと感じます。
JPRの活動は世界11か国へ

ここまでは、私自身が参加したザンビア、インドネシア、カンボジアについて紹介しました。しかし、これはJPRの活動の一部にすぎません。
2026年9月現在、JPR公式サイトには海外11か国での消防・救急・救助分野の技術協力・人材育成支援が掲載されています。
アフリカではザンビア。
アジアではカンボジア、スリランカ、フィリピン、インドネシア、ラオス。
中南米・カリブ地域ではドミニカ共和国、バルバドス、ペルー。
さらに東ヨーロッパ・コーカサス地域ではモルドバ、アルメニアへ活動が広がっています。
ここからは、私が直接参加していないものも含めて、JPRの活動を簡単に紹介します。
スリランカ|津波被災地での救急救助支援
2004年12月のスマトラ沖地震による津波では、スリランカも大きな被害を受けました。
JPRは2005年にコロンボ市、ゴール市で事前調査を行い、2006年2月には9名のチームを派遣。ゴール市で6日間にわたる救急救助技術支援を実施しました。
災害が起きてから日本人が救助に行くだけではなく、その後、現地の人たち自身が災害や事故に対応できる力を育てる。
JPRの活動の原点の一つです。
ラオス|病院前救護の基礎を伝える
ラオスでは2019年、ラオス赤十字社救急隊を対象として短期技術支援を実施しました。
交通事故などによる重症外傷への対応をテーマに、病院前救護の基本的な知識と技術の標準化を目指した活動です。救急車があるだけでは救急医療体制とはいえません。
傷病者をどう観察し、何を優先し、病院までどうつなぐのか。その「中身」をつくる人材育成も大切な国際協力です。
フィリピン|消防・救助分野で新たな関係づくり
フィリピンでは2024年、JPRメンバーがマカティやパラニャーケの消防署、消防団を訪問しました。
消防活動の視察だけでなく、防火衣着装、一次救命処置、バックボード固定などを通じて現地隊員との技術交流を行い、今後の支援に向けた課題を確認しています。
現地には、十分な個人防護装備を確保することが難しい消防隊員もいます。まず現場を見る。話を聞く。そして何を教えたいかではなく、本当に必要な支援は何なのかを考える。(wantではなくneed)
海外支援では、この最初の一歩が非常に重要です。
ドミニカ共和国・ペルー・バルバドス 資器材を「使える技術」に変える
海外支援では、消防車や救助資機材を寄贈する事業があります。しかし、機械や器具は置いてあるだけでは役に立ちません。
現地の隊員が、「何のための器具なのか」「どう使うのか」「どこが危険なのか」を理解して初めて現場で使えます。
JPRは中南米・カリブ地域のドミニカ共和国、ペルー、バルバドスにおいて、消防・救急・救助資器材の設定や取扱いに関する技術支援に参加しました。
ドミニカ共和国
2019年にはJPR隊員が現地へ入り、消防・救急・救助資器材について、現地隊員と実際にトレーニングを行いながら使用方法を伝えています。
ペルー
ペルーでは2018年、技術支援短期専門家を派遣し、消防・救急・救助資器材の設定や活用に関する支援を行いました。
バルバドス
バルバドスでは消防署兼消防学校を主な活動場所として、救急・救助資器材の設定と技術支援を実施しています。
「物を渡して終わりにしない」これもJPRの活動を表す分かりやすい事例だと思います。
モルドバ・アルメニア 消防・救助技術をヨーロッパ・コーカサスへ
JPRの活動地域は、アジアやアフリカだけではありません。
モルドバ
モルドバでは首都キシナウの消防学校を拠点として、はしご車、水槽付きポンプ車、自己確保、放水、要救助者救出など、現場活動に直結する消防訓練を実施しています。

特徴的なのは、安全管理、反復訓練、筆記・実技評価まで含めていることです。車両を導入するだけではなく、安全に使い、部隊として活動できるところまで支援する。消防の国際協力では非常に重要な部分です。

アルメニア
アルメニアでは2019年、日本の国際協力事業の枠組みの中で、消防・救助分野の技術指導に参加しました。ここでも講義だけではなく、現場で活用できる実践的な技術を伝えることが重視されています。
海外支援で本当に残したいものは「人」と「仕組み」
こうしてJPRの活動を振り返ると、支援内容は国によってかなり違います。
ある国では救急隊員を育てる。
ある国では消防隊を育てる。
ある国では救助技術を教える。
ある国では消防車や救助資機材の使い方を伝える。
ある国では指導者を育成し、教育機関そのものをつくる。
つまり、海外支援に「この形が正解」というものはありません。必要なのは、こちらが教えたいことを持って行くことではなく、現地では何が必要なのかを知り、その国で実際に続けられる方法を一緒に考えることだと思います。
そして最終的には、日本人がいなくても現地の人たちだけで活動できるようになる。それが一番いい。
カンボジアのRRC711は、その一つの形です。最初は日本人から消防・救急・救助を学んでいた隊員たちが、やがて指導者となり、次の隊員を育てる。
そして現在は実際の災害や救急現場へ出動している。支援する側がずっと主役でいる必要はありません。現地の人たちが主役になるところまでつなげる。
私は、それが国際協力の面白さだと思っています。
消防・救急・救助の経験を、世界の誰かの命につなげる
「国際協力」と聞くと、海外経験が豊富で、英語がペラペラの特別な人がするものと思うかもしれません。
私も最初から国際協力の専門家だったわけではありません。消防の現場で仕事をして、その中で身につけてきた救急、救助、消防の経験がありました。その経験を必要としている場所が海外にもあった。
そこから始まりました。
今ではJPRも、2005年の小さな活動から、海外11か国での支援へと広がっています。そして海外協力への関わり方は、実際に海外へ行くことだけではありません。
消防・救急・救助や医療の専門性を生かす方法もあれば、教育、資機材、運営、企業協賛、寄付など、さまざまな支え方があります。
JPRでは現在、会員としての参加、個人寄付、企業・団体による協賛などの窓口も設けています。興味を持っていただいた方は、まずJPRが現在どの国で、どのような活動をしているのかを見てみてください。
自分が日本で積み重ねてきた経験が、世界のどこかで誰かの命を救う力になるかもしれません。それが、私がこれまで海外活動に関わってきて感じていることです。


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