- 「士」と「師」、Paramedicine、そして大学における研究から考える
- そもそも「学問が成立する」とはどういうことなのか
- 救急救命士は「学問」から生まれた専門職ではなかった
- 2021年、救急救命士は「救急車の中だけの職種」ではなくなった
- 救急救命士の「士」と医師・看護師の「師」
- 海外にはParamedicとParamedicineがある
- 日本にはすでに「救急救命学」がある
- 救急救命士自身はどれだけ研究しているのか
- 大学が増えても、それだけで学問が成熟するわけではない
- 大学教員の論文の「質」をどう考えるか
- 大学と専門学校は何が違うのか
- 救急医学と救急救命学は何が違うのか
- 救急救命学を「できる処置の学問」にしてはいけない
- 「救急医学で研究すればよい」という反論
- 救急救命学を仮に定義するとしたら
- 救急救命学は「ない」のではなく、今つくっている
- 参考文献・資料
「士」と「師」、Paramedicine、そして大学における研究から考える
医師には「医学」があります。看護師には「看護学」があります。理学療法士には「理学療法学」があり、作業療法士には「作業療法学」があります。では、救急救命士には「救急救命学」があるのでしょうか。
この問いを大学で救急救命士教育に携わる立場から考えると、意外に簡単ではありません。現在、日本には「救急救命学科」「救急救命学専攻」という名称を持つ大学があります。大学院も存在し、国士舘大学大学院では実際に「修士(救急救命学)」「博士(救急救命学)」が授与されています。同大学は、病院前救急医療に関する問題を研究対象とし、「新しい学問領域を構築」することや、研究者・指導者の養成を教育研究上の目的として掲げています。
したがって、「日本には救急救命学など存在しない」と言ってしまうのは明らかに正確ではありません。では問いを少し変えてみます。
救急救命学という名称は存在する。しかし、それは医学や看護学などと同じように、独自の問いを持ち、研究者を育て、専門職自身が新しい知識を継続的に生み出す「学問領域」として、どこまで成熟しているのでしょうか。ここに、この問題の本質があるように思います。
そもそも「学問が成立する」とはどういうことなのか
学問には、「この条件をすべて満たせば学問である」という国家資格のような認定基準があるわけではありません。
高等教育研究では、学問領域は単なる知識の箱ではなく、研究対象や方法、研究者共同体、大学組織、研究文化などが相互に関係しながら形成されるものとして論じられてきました。Trowlerは、学問領域を固定的なものとしてではなく、大学や社会などの文脈の中で構築され、実践されるものとして捉えています。
その意味では、救急救命学についても「他分野から借りた知識があるから独立した学問ではない」という議論は適切ではありません。医学も生物学、化学、物理学、心理学、統計学など多くの領域と接続しています。看護学も医学、心理学、社会学、教育学などと重なっています。
重要なのは「何を借りているか」ではなく、その領域だからこそ立てられる問いがあるのか。その問いに対して研究を行い、新しい知識を生産しているのか。その知識が蓄積され、教育や実践へ戻っているのか。という点です。
この観点から救急救命学を見てみたいと思います。
救急救命士は「学問」から生まれた専門職ではなかった

日本の救急救命士制度が誕生したのは1991年です。当時の厚生省は、医療機関側の救急医療体制は一定程度整備されてきたが、病院へ搬送されるまでの傷病者に対する医療が十分ではないことを制度創設の背景として説明しています。
心肺停止患者の増加などに対し、医師が救急車に同乗する仕組みだけでなく、専門的な知識と技能を持つ者が医師の指示の下で高度な救命処置を行う、新しい国家資格が必要とされたのです。ここは非常に重要です。
日本では、「救急救命学という学問が発展し、その専門家として救急救命士が誕生した」のではありません。むしろ、
社会的な必要性が生じる
→ 国家資格として救急救命士が誕生する
→ 養成教育が発展する
→ 4年制大学へ広がる
→ 大学院教育が始まる
→ 救急救命士自身による研究が増える
→ 救急救命学という学問体系を構築しようとする
という順序で発展してきたと考えた方が実態に近いでしょう。
つまり、日本の救急救命学は「学問から職業が生まれた」のではなく、「職業が先に生まれ、その専門職を支える学問を後から構築している」という、少し逆向きの歴史を持っているのです。
2021年、救急救命士は「救急車の中だけの職種」ではなくなった
現在の救急救命士を1991年当時の制度だけで理解することもできません。2021年10月1日に施行された救急救命士法改正により、救急救命処置を行える場所は従来の「病院または診療所へ搬送されるまで」から一定範囲拡張されました。
現在は、必要な研修などの条件の下で、重度傷病者が医療機関へ到着してから入院するまで、あるいは入院しない場合には医療機関に滞在している間についても救急救命処置を行える制度になっています。厚生労働省はこれを「救急救命士の活動範囲の拡大」と明記しています。
実際、2025年に報告された複数病院の調査では、病院救急救命士が救急外来だけでなく、転院搬送、院内教育、消防救急搬送患者の受入れ対応など多様な業務を担っていることが報告されています。
したがって、これから救急救命学を定義するなら「病院前」だけに閉じた定義では不十分になる可能性があります。しかし、その原点が「予測困難な状況における救急対応」にあることは変わらないでしょう。
救急救命士の「士」と医師・看護師の「師」

ここでもう一つ、興味深い問題があります。医師、歯科医師、薬剤師、看護師は「師」。
救急救命士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、社会福祉士は「士」。
この違いから、「師の方が上で、士の方が下なのではないか」と考える人がいるかもしれません。しかし、国家資格全体を通じて「師」と「士」に統一された法的な序列が設定されているわけではありません。
分かりやすい例が看護師です。以前は女性を「看護婦」、男性を「看護士」と呼んでいましたが、2002年から男女共通の名称として「看護師」に改められました。厚生労働省自身も、この変更を看護職の名称統一として説明していますので「士から師になれば資格の格が上がる」とは言えません。
理学療法士や作業療法士が「士」でありながら、それぞれ理学療法学、作業療法学という研究領域を形成していることからも、「士」という漢字と学問の成立を直接結び付けることはできません。ただし、これは言葉の問題に意味がないということでもありません。
「救急救命士」という日本語から多くの人が想像するのは、「救急現場で命を救う処置をする資格者」ではないでしょうか。そのイメージは制度創設時の役割とはよく一致します。
しかし現在の救急救命士には、処置以外にも、観察、臨床判断、搬送先選定、コミュニケーション、教育、検証、救急システムへの関与など、はるかに広い能力が求められています。問題は「士」を「師」に変えることではありません。
本当の問題は、「資格を取得して処置を行う人」から、「専門的に判断する人」さらに、「自分たちの実践を研究し、新しい知識を生み出す人」へ進むことができるかどうかではないでしょうか。
海外にはParamedicとParamedicineがある

この問題を考える上で興味深いのが、海外におけるParamedicineという考え方です。2021年、Williams、Beovich、Olaussenらは58人の国際的専門家によるDelphi研究を行い、Paramedicineの国際的な定義を検討しました。
そこでParamedicineは、救急医療だけを意味するものではなく、emergency care、primary care、ambulance services、hospitals、clinicsに加え、education、leadership、public health、researchなどを含む広い専門領域として定義されています。
またparamedicは、地域によってmedical directionの下で活動する場合もあれば、より独立して活動する場合もあるとされています。ここから、
Paramedic = 専門職、Paramedicine = その専門職を支える実践・知識・研究領域という構造が見えてきます。日本語に単純化すれば、
医師と医学
看護師と看護学
ParamedicとParamedicine
救急救命士と救急救命学
という対応関係を想定することができます。ただし、「海外では完成しているのに日本だけが遅れている」と考えるのも正確ではありません。
2025年に英国、カナダ、オーストラリア、米国、アイルランドの専門家を対象として行われた研究でも、Paramedicineのprofessionalisationには、法制度、教育、職業アイデンティティ、医療システムへの統合など多くの課題が残っていることが報告されています。
また、Paramedicineの大学教員についても、教育者の役割やアカデミックキャリアが十分明確ではないという問題が現在も指摘されています。Paramedicine自体が、世界的に見ても比較的若い学問なのです。
日本にはすでに「救急救命学」がある
ここまで読んで、「しかし日本にも大学院があり、博士号まである。それなら既に学問として成立しているのではないか」という反論が出るでしょう。これはかなり強い反論です。
実際、国士舘大学大学院では博士(救急救命学)が授与され、2026年にも同学位が授与されたことが大学リポジトリで確認できます。日本救急救命学会もあります。「救急救命士ジャーナル」という学術媒体も2021年に創刊され、J-STAGEでは原著論文、調査・報告、症例・事例報告などが継続的に掲載されています。
ということは、「救急救命学は存在するか」という問いに対する答えは、「制度的にも教育的にも研究活動としても、すでに存在している」です。しかし、ここでもう一つ重要な事実があります。日本救急救命学会自身が設立趣旨を、「救急救命士の『学問の確立』へ向けて」としています。
さらに学会は、従来、救急救命士の活動指針が主に医師によって示され、救急救命士自身がそれを検証・研究する機会が乏しかったと説明し、救急救命士自身が活動の根拠を集積することを目標として掲げています。これは「救急救命学は未完成だと学会が認めた」という意味に単純化すべきではありません。
むしろ、「専門職自身による知識生産を増やし、学問としてさらに発展させようとしている」という宣言と読むのが適切でしょう。
救急救命士自身はどれだけ研究しているのか
その動きを数量的に調べた研究があります。黒﨑久訓による2024年の研究では、2001年から2022年までに救急救命士が筆頭著者となった学術論文が検索され、183編が抽出されました。
論文数は年々増加し、2022年には21編となっています。所属では消防機関が最も多く、大学教員、大学院生が続きました。また論文区分では原著が最多で、研究方法としては量的研究が大部分を占めていました。
ここで、「22年間で183編しかない」と評価するのは危険です。これは救急救命士による研究活動すべてを完全に数えた調査ではありません。研究者が救急救命士資格を持っていることが著者情報から確認できない場合もありますし、救急救命士が共著者となった研究もあります。検索対象や検索方法によって捕捉されない研究も存在します。
したがって、この数字から直ちに研究量の多寡を他職種と比較することはできません。しかし、少なくとも一つ確かなことがあります。救急救命士が、「研究される側」だけではなく、「自分たちの活動を研究する側」へ移りつつあるということです。
大学が増えても、それだけで学問が成熟するわけではない
ここで大学教育の問題が出てきます。2026年、全国の4年制救急救命士養成大学21校を対象とした教員確保に関する調査が報告されました。16校から回答が得られ、回答大学の半数が「単位責任者となれる専任教員を充足していない」と回答しました。
さらに専任教員の採用に課題があるとした大学は12校、75%でした。採用上の問題として最も多かったのは「学位を有する人材がいない」で10校、次いで「教育実績を有する人材がいない」が9校、「研究業績を有する人材がいない」が8校でした。
これは非常に重要な結果です。ただし、「だから救急救命士養成大学の教員の質が低い」という結論にはなりません。この調査が直接示しているのは、「大学教育に必要とされる学位、教育実績、研究業績を備えた人材の確保に、多くの大学が苦労している」ということです。
研究者自身も、大学化の進展に対して人的基盤の整備が追いついていない可能性を指摘しています。つまり、教育機関としての「大学化」と、研究者を育てる「学問としての大学化」は同じ速度では進んでいない可能性があります。
ここに日本の救急救命学が現在置かれている状況が見えてきます。
大学教員の論文の「質」をどう考えるか

では、救急救命士養成大学の教員が発表する論文の質はどうなのでしょうか。これは非常に慎重に扱う必要があります。論文数だけで研究者を評価することはできません。英語論文だから質が高いわけでもなく、海外誌だから国内誌より優れているとも限りません。Impact Factorの高い雑誌に掲載されたから、その論文そのものの質が高いと自動的に判断することもできません。
研究評価に関するSan Francisco Declaration on Research Assessment、いわゆるDORAも、Journal Impact Factorのような雑誌指標を個々の研究論文や研究者の質の代替指標として使用すべきではないとしています。では何を見るべきでしょうか。
重要なのは、研究課題が明確か、適切な研究デザインになっているか、対象選択に問題がないか、バイアスを考慮しているか、統計解析が適切か、研究倫理が守られているか、結果以上のことを結論で言っていないか、そして何より「その研究によって新しい知識が増えたか」です。
この観点から見ると、日本の救急救命領域には既に方法論的にかなり踏み込んだ研究があります。例えば2026年には、日本の救急救命士のNon-Technical Skillsについて国際的専門家を含むDelphi研究が発表されています。
同じ2026年の「救急救命士ジャーナル」には、救急救命士34人と通信指令員10人を対象に、dual-taskが救急活動へ及ぼす影響をシミュレーションで検証し、効果量まで示した原著論文が掲載されています。
また国士舘大学大学院と消防機関に所属する研究者による2025年の全国データベース研究では、40,179人の外傷患者を対象に多変量ロジスティック回帰分析を用いた研究が国際誌に発表されています。
さらに、救急救命系大学教員が関与するAED搬送や通信指令、シミュレーション研究なども国際的な査読誌に発表されています。
したがって、「救急救命士養成大学の教員による研究は質が低い」と一括りにする根拠はありません。むしろ問うべきなのは、「高度な研究を行う一部研究者がいるかどうか」ではなく、「救急救命学という分野全体に、その研究文化がどこまで広がっているか」でしょう。
ここは大きな違いです。
大学と専門学校は何が違うのか
救急救命士国家試験に合格する人材を養成するだけなら、専門学校にも重要な役割があります。専門学校教育を大学より低く見る必要は全くありません。しかし「大学」で救急救命士を養成するのであれば、国家試験合格と実技能力の修得だけでは大学の役割を十分に説明できないと思います。
大学には教育だけでなく研究があります。そして大学院には研究者を育てる役割があります。2026年の教員確保研究でも、大学教員には実務経験だけでなく、教育スキルや研究能力が求められることが指摘されています。
ここから、かなり重要な問いが出てきます。救急救命士養成大学は、「国家資格を持つ救急救命士を育てる場所」だけなのでしょうか。それとも、「救急救命という領域に新しい知識を生み出す場所」でもあるのでしょうか。
大学である以上、後者の役割を避けて通ることはできないと思います。
救急医学と救急救命学は何が違うのか
では、救急救命学は何を研究するのでしょうか。「救急医学と何が違うのか」という反論は、救急救命学にとって最も重要な問いの一つです。例えば交通事故傷病者を考えてみます。
出血性ショックの病態、頭部外傷、胸部外傷、凝固障害、輸血、手術などを研究するのであれば、それは主として外傷学や救急医学の領域です。救急救命士にもその知識は必要ですが、それを学ぶこと自体が直ちに「救急救命学」になるわけではありません。
一方、事故が発生した瞬間から医療機関へつながるまでを見てみると、全く別の研究課題が現れます。
119番通報の内容から何を判断するのか。
どの隊を出動させるのか。
現場は安全か。
どの傷病者から接触するのか。
限られた情報の中で何を観察するのか。
どこまで現場で処置し、どの時点で搬送を開始するのか。
どの医療機関を選ぶのか。
救急隊員はどのように情報を共有しているのか。
判断を誤らせる認知バイアスは何か。
通信指令員、消防、警察、First Responder、医療機関はどう連携すべきなのか。
ここでは病気だけを見ても答えが出ません。
傷病者、時間、環境、情報、人的資源、チーム、搬送、地域医療システムという複数の変数が絡み合っています。
総務省消防庁が現在定義しているメディカルコントロール体制も、単に医師が処置を指示する仕組みではなく、プロトコル作成、医師による指示・助言、事後検証、その結果を用いた再教育までを含むシステムとして構成されています。
私は、この「不確実で時間制約のある救急環境における判断とシステム」こそ、救急救命学の中心に置くことができるのではないかと考えます。

救急救命学を「できる処置の学問」にしてはいけない
日本の救急救命士制度の歴史では、「何ができるようになったか」がしばしば発展の指標になってきました。除細動、気管挿管、薬剤投与、血糖測定、ブドウ糖投与、心肺停止前の静脈路確保など、処置範囲は段階的に拡大してきました。メディカルコントロール体制も、この業務拡大と密接に関係して整備されてきました。
これは重要な進歩です。しかし、「救急救命士ができる処置が増える」ことと、「救急救命学が発展する」ことは同じでしょうか。
例えばある薬剤の薬理作用を研究するだけなら薬理学です。気管挿管そのものの医学的有効性を研究するなら麻酔科学や救急医学との重なりが大きいでしょう。しかし、
どの状況で処置を選択したのか。
処置によって現場滞在時間はどう変化したのか。
搬送開始との優先順位は適切だったのか。
その判断は患者転帰にどう影響したのか。
隊員間のコミュニケーションは意思決定へどう影響したのか。
地域のプロトコルによって結果は違ったのか。
こうした問いになると、救急救命士の実践そのものが研究対象になります。ここに救急救命学の独自性が生まれるのではないでしょうか。
「救急医学で研究すればよい」という反論
もちろん、「それなら救急医学の一部として研究すればよい。新しく救急救命学を作る必要はない」という反論も成り立ちます。確かに研究対象の多くは救急医学、公衆衛生学、看護学、人間工学、教育学、災害医学などと重なります。
しかし、それは救急救命学だけの弱点ではありません。現代の多くの応用科学は、複数領域の境界に存在しています。重要なのは領土争いではなく、「誰も十分に答えていない問いが存在するか」です。
例えば、
救急隊長は現場到着後30秒間で何を見ているのか。
Load & Goの判断はどの情報によって変わるのか。
救急隊員の経験年数によって状況認識はどう違うのか。
通信指令員の質問順序は傷病者の転帰に影響するのか。
搬送先選定の判断はどこで誤るのか。
救急現場におけるNon-Technical Skillsをどう測定するのか。
こうした問いを継続的に研究する研究者集団が形成されれば、それは十分に一つの学問領域を形成し得ると思います。実際、2026年に発表されたdual-taskのシミュレーション研究や、日本のparamedicに必要なNon-Technical Skillsを検討したDelphi研究は、その方向性を示しているように見えます。
救急救命学を仮に定義するとしたら
現時点で完成した定義を示すことは難しいでしょう。しかし、議論の青写真として、私は次のように考えます。
「救急救命学とは、救急を必要とする人に対して、予測困難かつ時間制約のある環境の中で、限られた情報と資源を用いて行われる傷病者評価、臨床判断、処置、搬送、コミュニケーション、チーム活動、教育および救急医療システムを研究し、傷病者の転帰と社会全体の救急対応能力の向上を目指す学問である」
あえて「病院前」だけには限定していません。2021年の法改正以降、救急救命士の活動が病院内へ広がっているからです。しかし、その中心には、「予定された診療環境とは異なる、不確実性の高い状況で何を判断するか」という救急救命士特有の問題があります。ここが医学の単なる縮小版とは違うところだと思います。
救急救命学は「ない」のではなく、今つくっている
最初の問いに戻ります。
医師には医学がある。
看護師には看護学がある。
では、救急救命士には救急救命学があるのか。
現在の私の答えは、
「ある。しかし、完成した学問というより、今まさに体系を形成している段階にある」です。大学があります。大学院があります。修士・博士(救急救命学)があります。専門学会があります。査読付き学術誌があります。救急救命士自身による研究も増えています。国際誌に掲載される研究もあります。
その半面、救急救命士養成大学の半数が単位責任者となり得る専任教員の充足に課題を抱え、学位、教育実績、研究業績を備えた人材の確保に苦労しているという現実もあります。
これは「救急救命学は学問ではない」という証拠ではありません。むしろ、専門職が急速に大学化し、その学問的基盤をこれから厚くしていかなければならない段階にあることを示しているのではないでしょうか。
救急救命士制度が誕生して35年。これまでの議論は、「救急救命士に何をさせるか」「どの処置まで認めるか」に大きな比重が置かれてきました。
しかし、次の35年を考えるなら、問いを一段変える必要があると思います。救急救命士は何を研究する専門職なのか。救急救命士にしか見えない問題とは何なのか。
大学教員は現場経験を学生に伝えるだけでなく、その経験から問いを立て、データを取り、検証し、新しい知識として社会へ返せているのか。
そして学生は、国家試験に合格するための知識だけではなく、「なぜそうするのか」を自分自身で研究できる力を大学で身につけているのか。
救急救命学をつくるのは、名称でも、国家資格でも、看板でもありません。現場で生まれた疑問を研究し、検証し、論文として蓄積し、その知識を次の教育と救急活動へ戻していく。その循環そのものが、学問を育てます。
「救急救命士に何をさせるか」から、「救急救命士は何を研究し、どのような知識を社会に生み出す専門職なのか」へ。日本の救急救命学は、いまその問いに答える段階に入っているのではないでしょうか。
参考文献・資料
- 厚生省.救急救命士法の施行について.健政発第496号,1991年8月15日.
- 厚生省.厚生白書 平成3年版「救急救命士制度の創設と救急医療体制の確保」.1991.
- 厚生労働省.良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律の一部の施行について(救急救命士法関係).医政発0901第15号,2021.
- 国士舘大学大学院.救急システム研究科 救急救命システム専攻 教育研究上の目的・方針.
- 日本救急救命学会.学会概要「救急救命士の『学問の確立』へ向けて」.
- 黒﨑久訓.学術論文からみる救急救命士による研究活動の現状と課題.救急救命士ジャーナル.2024;4(3):145-148.doi:10.60239/jsels.4.3_145.
- 黒﨑久訓,福岡範恭.救急救命士養成大学における教員確保に関する検討.救急救命士ジャーナル.2026;6(1):43-48.doi:10.60239/jsels.6.1_43.
- Williams B, Beovich B, Olaussen A. The Definition of Paramedicine: An International Delphi Study. J Multidiscip Healthc. 2021;14:3561-3570. doi:10.2147/JMDH.S347811.
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- San Francisco Declaration on Research Assessment(DORA). San Francisco Declaration on Research Assessment.


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