- 海外消防支援は「訓練」から仕組みづくりへ
- 消防士の海外支援と聞いて何を想像するか
- ザンビア政府機関とJPR、CERSが正式なMoUを締結
- なぜ相手が「地方自治・農村開発省」なのか
- MoUはゴールではなく「活動を続けるための土台」
- 消防だけでは交通事故対応は完結しない
- RTSAから出た「バス運転手をFirst Responderに」という提案
- 「救急車が来るまで」を誰が支えるのか
- 日本の仕組みをそのまま持ち込むわけではない
- ザンビアに合った外傷初期対応教育をどう作るか
- 消防・救急から、交通安全、警察、保健、災害対応へ
- 消防士の現場経験が「仕組みづくり」に生かされる
- 海外消防支援は「訓練」だけなのか
- まとめ 消防士の専門性は現場だけで終わらない
海外消防支援は「訓練」から仕組みづくりへ
「消防士が海外で国際協力をする」と聞いて、どのような活動を思い浮かべるだろうか。現地の消防士に消火技術を教える。救助訓練を行う。救急車や消防車、資器材を寄贈する。もちろん、こうした活動も消防分野の国際協力では重要だ。
しかし2026年9月、アフリカ南部のザンビアで、日本の消防・救急・救助関係者を中心とするNPOが進めていたのは、それだけではなかった。
ザンビア政府機関とのMoU(覚書)の締結。
交通安全行政を担当する機関との協議。
交通事故データを活用した教育の検討。
路線バスや大型車両の運転手をFirst Responderとして育成するという提案。
そして、ザンビアの実情に合った病院前外傷初期対応教育と、現地で人材を育て続ける仕組みづくりである。消防士を中心として設立された一つのNPOが、なぜ政府機関や交通安全行政とこうした話をしているのか。そこを追っていくと、「消防士の海外活動」という言葉から想像するものとは、少し違った国際協力の姿が見えてくる。
消防士の海外支援と聞いて何を想像するか
以前の記事では、NPO法人 日本国際救急救助技術支援会(JPR:Japan International Paramedical Rescue Technical Cooperation Corps)の活動について紹介した。
JPRは消防・救急・救助分野の経験者を中心に活動するNPOで、現在はアジア、アフリカ、ヨーロッパ、中南米を含む11の国・地域で技術協力や人材育成支援を行っている。

その活動の原点の一つがザンビアだ。
JPRは2005年からザンビアで救急・救助分野の技術支援を行い、近年は現地のCommunity Emergency Rescue Services(CERS)などとの連携を進めている。現在は、単発の海外研修だけではなく、外傷初期対応や病院前救護を現地で継続的に教育できる体制をどう作るかという段階へ活動が広がっている。
今回注目したいのは、2026年9月のザンビア訪問。これまでの「消防士が海外で技術を教える」という枠だけでは説明しにくい動きが、ここで次々と出てきた。
ザンビア政府機関とJPR、CERSが正式なMoUを締結


2026年9月16日、ザンビア共和国ルサカで、
- Ministry of Local Government and Rural Development(地方自治・農村開発省)
- JPR
- Community Emergency Rescue Services(CERS)
の三者によるMoUが締結された。
テーマは、TECHNICAL COOPERATION ON TRAUMA INITIAL CARE CAPACITY DEVELOPMENT 日本語にすれば、「外傷初期対応能力の向上に関する技術協力」といった内容である。
署名には、ザンビア政府側の代表、JPR理事長、CERS代表が参加した。このMoU締結については、ザンビアの現地メディアでも、病院前医療やEmergency Response、救助能力の強化に向けた協力として報じられている。ここで注目したいのは、単に「日本のNPOと現地団体が交流協定を結んだ」という話ではないことだ。
相手には、ザンビアの政府機関が入っている。では、なぜ消防・救急を専門とする日本のNPOが、地方自治・農村開発省とMoUを結ぶのだろうか。
なぜ相手が「地方自治・農村開発省」なのか

日本の感覚だけで名称を見ると、「地方自治・農村開発省」と消防・救急がすぐには結びつかないかもしれない。しかし、ザンビアの地方自治・農村開発省が公表している所管業務を見ると、その理由が分かる。
同省のPortfolio FunctionsにはFire Servicesが含まれており、Local Government Administrationの中にもFire Service部門が置かれている。また、National Fire Services Training Schoolも同省に関係する機関として示されている。
つまり、消防・救助、人材育成、Emergency Responseについてザンビアで継続的な協力を考えるのであれば、地方自治・農村開発省は重要な関係機関の一つになる。同省は近年、Fire and Emergency Servicesの強化や関係機関の連携、人材育成についても取り組みを進めている。
この点を理解すると、今回のMoUの見え方が少し変わる。「消防士のNPOが政府機関と協定を結んだ」のではない。消防・救急・救助の現場で必要となる人材育成を継続していくために、その分野を担う行政機関と協力の枠組みをつくった、と見る方が実態に近い。
MoUはゴールではなく「活動を続けるための土台」
国際協力の記事では、「MoUを締結」という言葉だけが大きく取り上げられることがある。確かに正式な覚書への署名は一つの節目だ。しかし、署名しただけで交通事故対応が改善するわけではない。
人材を育てる必要がある。
教材を作る必要がある。
実技訓練を行う必要がある。
指導者を育て、その指導者が次の人材を育てられるようにする必要もある。
今回のMoUは、外傷初期対応、病院前救護、Emergency Response、救助、人材育成などについて継続的に協力するための基盤という性格を持つ。さらに同日、地方自治・農村開発省とCERSとの間でも別のMoUが承認・署名された。一つの研修を成功させることよりも、「その活動を現地でどう継続するか」。今回の動きで重要なのは、むしろこちらだろう。
消防だけでは交通事故対応は完結しない
そして翌日の2026年9月17日。JPRはRoad Transport and Safety Agency(RTSA)を訪問している。RTSAは、ザンビアの道路交通や交通安全に関わる機関だ。
ここで行われたのは、「今度、救急講習をやりましょう」といった単純な打ち合わせではなかった。交通事故対応、病院前救護、人材育成、交通事故データなどについて意見交換が行われ、RTSAが持つ事故情報を今後の教育内容に活用する可能性についても話し合われた。
これは実は重要な視点である。海外で外傷教育を行う場合、日本で作られた教材を英語に訳して持っていけばよいわけではない。
どのような交通事故が多いのか。
どのような傷病者が発生しているのか。
どんな道路環境なのか。
消防や救急はどの程度配置されているのか。
どんな資器材が使えるのか。
そして、事故から専門機関が到着するまで、現場では何が起きているのか。
必要な教育を考えるなら、その国で実際に起きている事故を知らなければならない。
ここで消防・救急と交通安全行政がつながってくる。
RTSAから出た「バス運転手をFirst Responderに」という提案

今回のRTSA訪問で、興味深い提案が出ている。路線バスや大型車両の運転手にも、First Responderとして基礎的な教育を行ってはどうか。これはJPR側から一方的に持ち込まれた構想ではない。RTSA側から示された現地ニーズである。
なぜ運転手なのか?路線バスや大型車両の運転手は日常的に長い時間道路を走っている。そのため、自分が事故当事者になるケースだけでなく、交通事故を最初に発見する立場になる可能性もある。そこで、
現場が安全なのかを確認する。
二次事故を防ぐ。
適切に通報する。
傷病者の状態を確認する。
必要な範囲で基本的な応急対応を行う。
そして、到着した専門機関へ状況を伝える。
そうした最低限の初期対応を学んでおくという考え方だ。
もちろん、「バス運転手を救急救命士にする」という話ではない。高度な医学的判断や専門的処置を求めるものでもない。
消防、救急、医療などのProfessional Responderが到着するまでの最初の数分、あるいはそれ以上の時間を、そこに居合わせた人がどう支えるかという発想である。
RTSAの訪問記録でも、運転手が事故発生直後の安全確保、通報、基本的な応急対応などを行うための教育ニーズが示されている。
「救急車が来るまで」を誰が支えるのか
ここで、この話は消防や救急だけの問題ではなくなる。
交通事故発生→事故を発見→現場の安全確保→通報→初期対応→救助・救急隊到着→救助・救護→搬送→病院
この流れのどこか一つだけを改善しても、全体がうまく機能するとは限らない。例えば、高度な外傷教育を受けた救急隊員がいても、その隊員へ通報が届かなければ現場には到着できない。救急隊が到着しても、事故車両に傷病者が閉じ込められていれば救助が必要になる。救出できても、適切な搬送先へつながらなければ医療には届かない。
反対に、救急隊到着前に居合わせた人が危険な方法で傷病者を動かしてしまえば、状態を悪化させる可能性もある。だから交通事故対応は、消防だけでは完結しない。救急だけでも、警察だけでも、病院だけでも完結しない。
道路交通行政、消防・救助、病院前救護、警察、災害対応、医療。それぞれを一本の流れとして考える必要がある。

日本の仕組みをそのまま持ち込むわけではない
海外支援で最も注意しなければならないことの一つが、「日本で成功しているものを、そのまま持っていけばうまくいく」という発想だろう。
日本には日本の道路環境がある。
消防・救急の配置がある。
119番通報があり、通信指令体制がある。
病院の配置や搬送体制もある。
当然ながら、国が変われば条件も変わる。
ザンビアの交通事故の特徴、消防・救急体制、人員、使用できる資器材、搬送環境、教育環境などを踏まえ、現地で実際に使用できる教育内容をつくる必要がある。JPR自身も、日本の救急・救助教育をそのまま移すのではなく、現地側が継続できる体制を重視しているとしている。
ここには、国際協力の難しさと面白さの両方がある。教える側が「正解」を持って行くのではない。
現地のデータを見る。
現場で働く人の話を聞く。
使える資器材を見る。
道路を見る。
救急車を見る。
組織同士の関係を見る。
そして、「ここで本当に使えるものは何か」を一緒に考える。
支援というより、共同作業に近くなってくる。
ザンビアに合った外傷初期対応教育をどう作るか

今後の焦点の一つになるのが、ザンビアの実情に合わせた病院前外傷初期対応教育である。想定されているのは、単なる座学ではない。
交通事故現場の安全確認。
傷病者の初期評価。
基本的な外傷対応。
救助と救護の連携。
事故車両への安全な接近。
車両の安定化。
傷病者へのアクセス。
必要に応じた簡易的な車外救出。
搬送。
チームでの活動。
こうしたものを、実際の現場環境や利用できる資器材に合わせて組み立てていく考え方だ。さらに重要なのが、誰が教え続けるのかという問題である。日本から講師が渡航したときだけ研修が行われる。それでは、活動はなかなか広がらない。
現地の指導者を育てる。
その指導者が次の人材を育てる。
さらに次の指導者を育てる。
最終的に現地側で教育が回る仕組みを作る。
国際協力を「教えた人数」だけで評価するなら、この部分は見えにくい。
しかし持続性を考えるなら、むしろここが重要なのかもしれない。
消防・救急から、交通安全、警察、保健、災害対応へ
今回の訪問を見ると、関係する組織が少しずつ広がっていることにも気づく。
地方自治・農村開発省。
CERS。
RTSA。
そして今後の連携候補として、Zambia Police Service、Ministry of Health、災害対応関係機関などとの対話も想定されている。ただし、これらすべてとの正式な協力やMoUが決定しているわけではない。あくまで今後、必要な分野でどのような連携が可能なのかを検討していく段階である。しかし、ここに今回の活動を考えるヒントがある。
消防士を中心としたNPOが、なぜ道路交通安全庁と話をするのか?なぜ将来的に警察や保健分野、災害対応機関との連携を考えるのか?答えはシンプルだ。実際の事故現場が、消防だけで完結しないからだ。

消防士の現場経験が「仕組みづくり」に生かされる
消防・救急の仕事は、目の前の傷病者だけを見る仕事ではない。
現場へ向かうまでの情報。
二次災害の危険。
車両の位置。
救助活動。
傷病者の観察。
応急処置。
搬送手段。
搬送先。
他機関との連携。
指揮。
引き継ぎ。
一つの事故現場では、複数の問題が同時に発生する。だからこそ、消防や救急の現場経験を持つ人が国際協力に関わる意味は、単に「ロープの使い方を教えられる」「救急処置を教えられる」というところだけにはない。
現場で何が起きるのか。
どこで活動が止まるのか。
どの機関とつながらなければならないのか。
その一連の流れを具体的に想像できることにある。
そして現場の課題を解決しようとすれば、やがて教育だけでは足りなくなる。
教育を続ける人材が必要になる。
人材を育てる指導者が必要になる。
組織同士の連携が必要になる。
さらに、それを継続する仕組みが必要になる。
現場経験 → 教育 → 人材育成 → 組織間連携 → 仕組みづくり
今回のザンビアでの動きは、まさにこの流れとして見ると分かりやすい。
海外消防支援は「訓練」だけなのか
消防士の海外活動というと、どうしても写真映えする訓練場面に目が向く。
油圧救助器具を操作する。
ロープ救助を行う。
救急処置を教える。
消防車の前で集合写真を撮る。
もちろん、それらも大切な国際協力だ。
しかし、訓練の後ろにはもっと地味な仕事がある。
現地機関との打ち合わせ。
行政との調整。
教材づくり。
教育内容の見直し。
交通事故データの分析。
指導者育成。
他機関との役割整理。
そして、活動を数年後にも残すための仕組みづくり。ニュース写真には写りにくい。だが、長く続く活動を考えれば、こちらの方が重要になることもある。
2026年9月のザンビア訪問で見えてきたのは、消防・救急分野の国際協力が、単発の技術移転から、現地側が自ら人材を育てられる仕組みを一緒に考える段階へ広がっているということだろう。
まとめ 消防士の専門性は現場だけで終わらない
今回のザンビアでの活動を整理すると、
政府機関を含む三者MoU。
外傷初期対応と病院前救護。
救助能力の向上。
交通事故データの活用。
RTSAとの連携。
路線バスや大型車両運転手へのFirst Responder教育という提案。
現地指導者の育成。
そして、消防・救急・交通安全・警察・災害対応・保健などをつなぐ可能性。一見すると、それぞれ別の活動に見える。しかし中心にある問いは一つだ。交通事故が起きたとき、傷病者をどうすれば次の医療へつなげられるのか?
そこから逆算すると、必要なのは救急処置だけではない。現場の安全、通報、救助、応急対応、搬送、教育、人材、組織間連携までが一つの線につながってくる。消防士の専門性は、火災現場や救急車の中だけで使われるものではない。現場を知っているからこそ、
「現場で何が起きるのか」
「どこで対応が途切れるのか」
「誰と誰をつなぐ必要があるのか」
を考えることができる。そして、その経験が国境を越えたとき、技術指導だけではなく、人材育成や組織間連携、さらには持続可能な仕組みづくりへつながっていく可能性がある。
今回のザンビア訪問は、消防・救急の現場経験が国際協力の中でどのように生かされるのか、その可能性を考える興味深い事例の一つと言えそうだ。


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