はじめに|なぜ救急車はすぐ病院に着かないのか

救急の仕組み

「救急車を呼んだのに、なぜこんなに時間がかかるのか」

一般の方からよく聞かれる疑問です。現場では、

  • 病院に連絡しても、すぐ決まらない
  • いくつも質問される
  • 最後は「受け入れできません」と断られる

という状況が珍しくありません。

この問題は、医療機関の冷たさや救急隊の能力不足が原因ではありません。
国の制度そのものが、そういう動きを生みやすい構造になっているのです。

この記事では、

  • 救急搬送の裏側で何が起きているのか
  • なぜ「聞いてから断る」状況が生まれるのか
  • そのしわ寄せは誰に来ているのか

を、専門用語をできるだけ使わずに解説します。


1. 国の制度はどうなっているのか

救急搬送には、国が定めた大きなルールがあります。

厚生労働省と総務省消防庁は、消防法の改正により
「傷病者の搬送及び受入れの実施基準」という仕組みを作りました。

この制度では、

  • 都道府県は実施基準を作る【義務】
  • 消防(救急隊)はその基準に基づいて動く【義務】
  • 医療機関は基準を尊重する【努力義務】

という役割分担になっています。一見バランスが悪く見えますが、病院の多くは民間であり、国が直接「必ず受け入れろ」と命令できないため、このような形になっています。


2. 「受入可能」と「実際に受けられる」は違う

多くの地域では、病院が「どんな患者を受け入れられるか」を事前に登録しています。

しかしこの登録は、

  • 年に1回程度の申告
  • 理論上できる医療内容
  • 当日の医師・人員・時間帯を反映しない

という静的な情報です。

一方、救急現場は常に変化しています。

  • 夜間か昼間か
  • 専門医が当直しているか
  • ベッドやスタッフに余裕があるか

このズレが、

システム上は「可能」だが、実際は無理

という事態を生みます。


3. なぜ病院は詳しく聞いてから断るのか

病院側も、理由なく断りたいわけではありません。

  • 正当な理由がないと「なぜ断ったのか」と問われる
  • 後から問題になることを避けたい

その結果、できるかどうかを慎重に確認する質問が増えます。

しかし現場では、その質問が結果的に

断るための確認作業

と、感じてしまうことがあります。

これは個々の病院の問題というより、制度上、そう動く方が安全な設計になっているためです。


4. 一番負担を背負っているのは誰か

この仕組みの中で、最も時間と精神的負担を背負っているのは救急隊です。そして、それは患者さんの状態にも、もちろん影響する場合があります。

  • 何度も病院に連絡する
  • 現場滞在が長くなる
  • 家族への説明を続ける

その間、患者さんは不安な時間を過ごします。制度のねじれは、必ず現場にしわ寄せされるのです。


5. それでも救急隊はどう動いているのか

制度をすぐに変えることはできません。

その中で救急隊は、

  • 最低限必要な情報を整理して伝える
  • 国や都道府県の基準に基づいて説明する
  • やり取りを記録として残す

ことで、少しでも早い搬送につなげています。

これは責任逃れではなく、患者さんを守るための現実的な行動です。


6. この問題は誰の責任なのか

この問題は

  • 病院が悪い
  • 救急隊が悪い

という話ではありません。

制度が人をそう動かしているのです。

だから必要なのは、誰かを責めることではなく

  • 情報を現実に近づける
  • 役割分担を見直す
  • 現場の負担を可視化する

ことです。


おわりに|救急車が迷っている時間の意味

救急車が病院を探している時間は、できれば無くしたい時間です。それでも現実には、その時間が生まれてしまう。その背景には、

・制度
・医療の現場
・行政の仕組み

が複雑に絡み合っています。この構造を知ることで、「なぜすぐに決まらないのか」「現場で何が起きているのか」を、少し違った視点で見てもらえればと思います。

救急車が迷っているのは、誰かが怠けているからでも、誰かが冷たいからでもありません。制度の中で、最善を探している途中なのです。


※本記事は、救急現場の実情をもとに一般向けに解説したものであり、特定の医療機関・地域・個人を非難するものではありません。

次回予告

第2回「救急隊はどうすれば“無駄な電話”を減らせるのか」

第3回「救急救命士を目指す学生に“きれいな救急医療”だけを教えてはいけない理由」

第4回「なぜ“聞いてから断る”病院が合理的になってしまうのか」

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