TEMSから考える日本の前線医療
前回は、阪神・淡路大震災で生じた「医療の空白」と、そこからDMATが生まれていった経緯を振り返った。
当時、救助現場と病院医療の間に存在した空白を埋めるため、医師・看護師を含む医療チームを災害現場へ近づけるという発想には、大きな意味があった。しかし、ここで一つ考えてみたい。
1995年の救急救命士と、2026年の救急救命士は同じではない。
それでも「医療を前へ出す」ためには、今も医師を前へ出すことが最適なのだろうか。今回考えたいのはDMATの必要性そのものではない。DMATが必要であることと、DMAT医師を危険区域まで前進させる必要があることは、本当に同じなのか。
1995年の救急救命士と、今の救急救命士は違う

救急救命士制度が創設されたのは1991年である。制度開始当時、救急救命士が行える特定行為は限定されていた。その後、2004年7月には一定の講習・病院実習と認定を受けた救急救命士による気管挿管、2006年4月にはアドレナリン投与が認められた。
さらに2014年4月には、心肺停止前の重度傷病者への静脈路確保・輸液と、血糖測定・低血糖へのブドウ糖投与が追加された。現在では全国で多数の救急救命士がこれらの拡大処置を実施できる体制になっている。(消防庁)
災害医療との関係で特に重要なのが、2014年の心肺停止前輸液である。厚生労働省通知では対象として、ショックが疑われる重度傷病者だけでなく、「クラッシュ症候群が疑われる若しくはクラッシュ症候群に至る可能性がある」傷病者も明記された。(厚生労働省)
つまり、「瓦礫の下にいる傷病者には、医師が来なければ輸液すら始められない」という前提は、現在ではそのまま当てはまらない。
もちろん、救急救命士なら自由に何でもできるという意味ではない。処置によって医師の具体的指示が必要であり、認定、地域プロトコル、メディカルコントロール、事後検証、再教育という仕組みとセットで運用されている。
むしろ、この「教育を増やし、能力を評価し、処置範囲を段階的に広げる」という30年間の歩みこそ重要なのだと思う。
しかも、処置範囲の見直しは2026年現在も続いている
ここは今回あらためて最新資料を確認した。
厚生労働省は2026年3月10日、新たに「救急救命処置の在り方に関する検討会」を開始した。厚労省自身が、2025年の規制改革実施計画を踏まえ、救急救命処置について「現行の範囲にとどまらず、その範囲の不断の見直し」が必要だと説明している。7月9日の第2回検討会でも、処置範囲の見直し、先行的実証、認定制度が議題になっている。(厚生労働省)
検討項目を見ると興味深い。外傷性出血性ショックへのトラネキサム酸(TXA)の静脈内投与、院外心停止に対する薬剤投与のための骨髄路確保などが今後の検討対象として明示されている。POCUS、つまり救急救命士による病院前超音波検査については、別建てで先行的実証に向けた具体的なプロトコルや教育方法まで検討されている。(厚生労働省)
ただし、ここは誤解してはいけない。TXA、骨髄路、POCUSが全国の救急救命士に既に認められたわけではない。現在は検討・実証段階である。
12誘導心電図も少し事情が複雑だ。すでに地域によって救急隊が測定・伝送している実態があり、消防庁も2020年に具体的な測定プロトコルを示している。2026年の厚労省検討では、これを医師の包括指示の下で行う救急救命処置に含まれることをより明確にする案が示されている。(厚生労働省)
つまり、制度は今も動いている。国自身が「2026年の救急救命士の能力が完成形だ」とは考えていない。ならば災害医療についても、「DMAT医師に何をしてもらうか」だけではなく、「これからの救急救命士に何を任せるのか」を同じテーブルで考えてよいはずである。
LAFD TEMSが見せた、もう一つの進化
ここで、このシリーズの出発点だったLAFD TEMSへ戻ってみたい。
LAFDはTEMS Unitを、高度に訓練された経験豊富なParamedicで構成され、Law Enforcementとともに活動し、Active Shooter事案にも対応可能な部隊と説明している。LAFDのActive Shooter Referenceでも、Law EnforcementとFireによるUnified Command、Hot・Warm・Cold Zone、Rescue Task Force、Medical Groupという形で役割が整理されている。(ロサンゼルス消防局)
私がTEMSで最も興味を持ったのは、「米国では医師ではなくParamedicが行く」という部分ではない。前へ出す医療者を、その環境で活動できる人材として平時から育てていることである。
戦術環境を理解する。
警察・消防との共通言語を持つ。
ゾーンを理解する。
PPEを使う。
退避を理解する。
そして、その環境で必要となる医療を提供する。
つまりTEMSの本質は、「Paramedicだから前へ出す」ことではなく、「前へ出せるParamedicを育てる」ことにある。
海外ではParamedicそのものを階層化している
海外を見ると、この考え方はさらに分かりやすい。
例えばカナダ・オンタリオ州では、Primary Care Paramedic、Advanced Care Paramedicに加え、Critical Care Paramedicという階層があり、州規則には機械換気管理、cardioversion、pacing、静脈内血液製剤、needle thoracostomy、cricothyroidotomyなどが明記されている。(オンタリオ州)
英国でも、NHSのHEMS Specialist Paramedic募集では、大学院レベルの教育と臨床経験を前提に、advanced airway management、analgesia、procedural sedation、thoracostomy、cardioversion、pacingなどの拡張技能が示されている。(NHS Jobs)
オーストラリア・ビクトリア州では、MICA Flight Paramedicが実際の交通事故現場でfinger thoracostomyを実施し、病院前血液製剤を使用した症例をAmbulance Victoria自身が2026年に公表している。同組織ではParamedicによる血液製剤投与、超音波、rapid sequence intubationなども運用されている。(アンバランスビクトリア)
米国では制度が州ごとに異なり、Tactical ParamedicやCritical Care Paramedicが全国一律の資格として存在するわけではない。EMS.gov自身も、実際のscope of practiceは各州・準州が定めるとしている。一方、2025年時点で200を超えるEMS機関が病院前輸血能力を持つとされ、その導入には教育、credentialing、血液管理、プロトコル、CQIなどが不可欠だと整理されている。(EMS.gov)
だから「外国でできるから日本もやればよい」ではない。むしろ、この比較から生まれる問いは別にある。「医師でなければ医学的にできないこと」と、「現在の日本の制度では医師にしか認められていないこと」は、本当に同じなのか。
ここを分けて考える必要がある。
医師を一人前へ出すと、安全管理対象も一人増える

倒壊した建物の中へDMAT医師を入れる場面を考えてみる。医療側から見れば、「傷病者の近くで治療したい」となる。当然である。しかし消防側から見ると、もう一つの側面がある。
医療者を危険区域へ一人入れることは、単に活動人員が一人増えるという意味ではない。安全管理しなければならない人員が一人増える。
PPEは適切か。
進入ルートは安全か。
誰が誘導するのか。
無線は通じるのか。
退避命令をどう伝えるのか。
構造物が動いた場合に誰が監視するのか。
医療者自身が負傷した場合、誰が救出するのか。
私は消防現場にいた立場から、ここは医療行為の種類と同じくらい重要な問題だと感じる。だからといって、「医師を中へ入れるべきではない」という話ではない。
その医師が現場で行う処置によって傷病者の救命可能性が大きく高まるなら、追加される安全管理負担を受け入れてでも前進させる価値はある。問うべきなのは、「医師を入れられるか」ではなく、「医師を入れる医学的利益が、追加されるリスクを上回るか」ではないだろうか。
DMAT研修は専門教育である。しかし技術救助資格とは違う

ここも公平に見なければならない。DMAT隊員は、ただ病院から災害現場へ来る医療者ではない。厚生労働省のDMAT研修には、災害における指揮命令、安全確保、情報伝達、関係機関連携、トリアージ、応急治療、搬送、病院避難、現場救護所などが含まれている。2026年度も国のDMAT研修は継続している。(厚生労働省) だが、
Structural Collapse。
Shoring。
Breaching。
Rope Rescue。
Confined Space Rescue。
HazMat Technician。
これらは、それ自体が消防・US&Rの専門領域である。
米国FEMAのUS&R Medical Specialistを見ても興味深い。医療職だから自動的に倒壊構造物へ入れるのではなく、ICSに加え、HazMat、Confined Space、Structural Collapse、Rope Rescueなどについて、少なくとも活動環境に応じた追加教育が資格要件に組み込まれている。さらにUS&R Task Forceの一部編成では、collapse compartment syndromeの訓練を受けたParamedicが明記されている。(Resource Typing Library Tool)
ここから見えてくるのは、「DMAT医師だから入れる」でも、「救急救命士だから入れる」でもない。その環境で安全に活動できる能力と、そこで必要な医療能力の両方を持つ人を前へ出す。という考え方である。
消防が医学を指揮するのではない
この問題を考えると、必ず「指揮」の話が出てくる。「DMATは消防の指揮下なのか」という問いである。ここも単純化しない方がよい。
現在の日本DMAT活動要領は、現場活動を担当するDMATについて、「当該地域で活動中の消防機関等と連携」してトリアージ、緊急治療、がれきの下の医療などを行うと定めている。一方、DMAT自体にはDMAT調整本部、活動拠点本部など独自の指揮・調整体制がある。したがって「全国のDMATはすべて消防指揮下」と一言で表現するのは正確ではない。(厚生労働省)
ただし災害現場そのものでは、安全管理と救助戦術の責任を曖昧にすることもできない。整理するなら、消防側は、進入・退出、危険区域、ゾーニング、二次災害防止、救助戦術、部隊配置、活動中止、緊急退避を担う。医療側は、傷病者の医学的評価、治療、医学的優先順位、救出方法が傷病者へ及ぼす医学的影響、必要な搬送条件について判断・助言する。
つまり、消防が医学を指揮するのではない。そして、医師が救助戦術を指揮するのでもない。問題は、その境界部分をどう調整するかなのである。
実際、その境界では問題が起きている
では現実の連携はうまくいっているのか。消防庁の訓練検証は、かなり率直である。ある訓練では、
DMATは独自の考え方があり、消防の指揮系統との相違により連携がうまくいかなかった
と記録されている。
別の訓練では、
DMATとの活動の連携において、活動方針の統一化に問題が残った
との反省があり、安全管理についても消防側から、
消防以外の機関に対してどの程度介入すべきか迷いがあった
と記されている。(消防庁)
さらに平成27年度の訓練では、DMATを現地合同指揮所へ配置しなかったため、DMATの活動や安全管理上の問題を消防側が把握できなかったという具体的な反省まで残っている。(消防庁)ただし、これらは主として訓練検証である。
今回、公開資料を確認した範囲では、実災害において「DMAT医師が消防指揮官の命令を無視し、救助活動を指揮した」と断定できる一次資料は確認できなかった。
ここは混同してはいけない。確認できるのは、異なる指揮体系・専門文化の間で、活動方針、安全管理、情報共有の境界が課題になってきたということである。
「消防はDMATを理解しているか」だけでよいのか

医療側から見た資料も読む必要がある。厚生労働科学研究では、DMATには全国標準研修がある一方、消防・警察を対象とした標準的な多数傷病者対応研修が当時存在しなかったことを課題とし、MCLSなどの教育整備につなげている。
同研究には、今後DMATが現場で能力を発揮するには「消防といかに連携するかが大きな課題」とする記述もある。(厚生労働科学研究成果データベース)この問題提起には意味がある。実際、MCLSなどを通じて消防と医療が同じ言葉を使えるようになったことは大きな前進だろう。
しかし消防側の検証資料まで読むと、もう一つの問いが出てくる。「消防はDMATを理解しているのか」と問うなら、同じ強さで「DMATは消防の指揮、安全管理、救助戦術をどこまで理解しているのか」と問う必要があるのではないか。
医療側にも自己検証はある。山口県豪雨災害のDMAT報告では、安全確保のための消防連携だけでなく、DMAT自身の移動手段、携行資器材、DMAT間の連携・統括も課題として挙げている。また東日本大震災時、消防隊員を支援するため消火現場へ帯同した東京DMAT隊員自身が、「研修で習わなかった活動で対応が難しかった」と振り返った記録もある。(J-STAGE)
だからこれは、「消防とDMATのどちらが正しいか」という話ではない。異なる専門職文化の境界をどう設計するか、という話なのである。
日本にも「前へ出せる救急救命士」を作れないか
ここからは私の考察になる。現在、日本に「高度救急救命士」や「Rescue Paramedic」という全国共通の正式資格があるわけではない。しかし将来のモデルとして、救急救命士資格に加え、
技術救助。
災害医療。
TECC/TCCC的外傷教育。
PPE・HazMat。
長時間救出。
クラッシュ症候群。
高度な鎮痛・止血・循環管理。
そしてオンラインMedical Control。
そうした能力を組み合わせた専門人材を育成するという考え方はあってよいと思う。米国FEMAのUS&R編成にも、collapse compartment syndrome教育を受けたParamedicという発想がすでに存在する。(Resource Typing Library Tool)
ここで大切なのは名前ではない。前進させるのは職種ではなく、必要な能力である。
医師だから前へ。
救急救命士だから前へ。
ではなく、
その場所へ安全に到達でき、その場所で必要な処置を実施できる人を前へ出す。という考え方である。
では、医師を前へ出すべきなのはどんな時か

もちろん、医師が直接傷病者のところまで前進する価値が高い場面はある。例えば救出まで長時間を要し、複雑なクラッシュ症候群への管理が必要な場合。救急救命士の現行処置範囲を超える鎮痛・鎮静が必要な場合。高度な外科的処置が必要な場合や通常プロトコルでは対応できない複雑な病態の場合。
そして、現場での医学的判断によって救出方法そのものが変わり、患者の予後へ大きな影響を与える場合である。そんな状況で、安全管理が可能であり、医師を前進させる医学的利益が大きいなら、前へ出てもらう。
一方、救急救命士で必要な処置を開始できるなら、その時点では救命士が対応する。医師はより安全な場所から医学的助言を行い、必要性が高まれば前進する。常に前へ出すか、常に後ろに置くかという二択ではない。その時、その患者、その危険度によって配置を変える。
これが一番合理的ではないだろうか。
「医療を前へ」と「医師を前へ」は同じではない
LAFD TEMSから日本が学ぶべきなのは、「医師ではなくParamedicを使え」という答えではない。現場に必要な能力を持つ人材を平時から育て、その能力が最も活きる場所へ配置する。という考え方だと思う。
救急救命士が前線でできることを増やせば、DMAT医師を危険区域まで入れなくてもよい場面は増えるかもしれないが、医師にしかできない判断や処置が必要なら、医学的利益と安全上のリスクを比較したうえで前進してもらう。
重要なのは肩書ではない。危険な場所へ誰を入れることが、最も傷病者の利益になるのか。その一点で考える。
だから私は、
前進させるのは、職種ではなく必要な能力である。
という考え方が、これからの日本の前線医療を考える一つの鍵になるのではないかと思っている。では、救急救命士が今以上に前線を担えるようになったとき、DMAT医師の能力を最も活かせる場所はどこなのだろう。
その答えは、瓦礫の中ではなく、もっと後ろにあるのかもしれない。
次回は、
「DMATの本当の強みは前線だけではない― TEMSにはできない『100人を動かす医療』」
を考えてみたい。
この記事で考えたいこと

- 危険区域へ入れる人を、職種ではなく「現場能力+医療能力」で選ぶことはできないだろうか。
- 「現在の制度では医師にしかできない処置」と「本質的に医師でなければできない仕事」を分けて考える必要はないだろうか。
- 消防とDMATの「相互理解」は、本当に双方向になっているだろうか。
参考文献
- 総務省消防庁「令和6年版消防白書 救急業務高度化の推進」 消防庁資料
- 厚生労働省「救急救命士の心肺機能停止前の静脈路確保と輸液の実施について」2014年 厚生労働省通知
- 厚生労働省「救急救命処置の在り方に関する検討会」2026年 検討会ページ
- 厚生労働省「第1回救急救命処置の在り方に関する検討会 議事録」2026年3月10日 議事録
- 厚生労働省「第2回救急救命処置の在り方に関する検討会」2026年7月9日 第2回資料
- 厚生労働省「令和6年度 災害派遣医療チーム研修実施要領」 DMAT研修実施要領
- 総務省消防庁「平成25・26年度 緊急消防援助隊地域ブロック合同訓練実施結果報告」 消防庁検証資料
- 総務省消防庁「平成26年度緊急消防援助隊地域ブロック合同訓練実施結果報告」 消防庁検証資料
- 厚生労働科学研究「局地災害対応、消防との連携についての研究」2014年度 研究報告書
- Los Angeles Fire Department “Tactical Emergency Medical Support Unit Performs Active Shooter Training” LAFD公式資料
- Ontario Regulation 257/00, Schedule 3, Critical Care Paramedic Ontario Laws
- Ambulance Victoria “Rare roadside surgical procedure saves crash patient” 2026 Ambulance Victoria



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