心不全の捉え方

救急と緊急度判定

救急現場で血圧210/100mmHgの傷病者を観察したとき、「血圧は十分にある」と受け止めていないだろうか。逆に、呼吸困難の訴えが目立たなければ、心不全の可能性を低く見積もっていないだろうか。

心不全は、心臓の構造・機能の異常によって、心内圧の上昇やうっ血、心拍出量の低下・組織低灌流などが生じる症候群である。低心拍出量だけが心不全ではない。2025年改訂版の日本循環器学会・日本心不全学会「心不全診療ガイドライン」では、急性非代償性心不全の評価にあたり、肺うっ血、体うっ血、低心拍出・組織低灌流をそれぞれ確認する視点が示されている。[1]

ここでは、教育用の模擬試験症例から再構成した2ケースを使い、現場で「何を観察し、何を疑い、次に何を確認するのか」を考える。実際の救急活動記録ではなく、記載されていない所見を観察済みとして補っていない。

図1 正常循環と、うっ血・低拍出が生じる心不全の一例
図1 心不全の循環を理解するための模式図。すべての心不全で低心拍出と肺・体うっ血が同時に生じるわけではない。

症例1:血圧210/100mmHg、SpO₂88%の呼吸困難

77歳男性。未治療の高血圧があり、夜間に呼吸困難が悪化した。確認されている数値は血圧210/100mmHg、SpO₂88%である。

この時点で明らかなのは「著明な高血圧」「夜間の呼吸困難」「酸素化低下」の3点であり、肺水腫や心不全の確定診断ではない。しかし、この組み合わせは高血圧を伴う急性心不全、特に心原性肺水腫を優先的に考える理由になる。

左心室は動脈側の圧力に逆らって血液を送り出す。動脈圧が著しく高いと左室後負荷の増大が疑われる。左心室が十分に血液を受け入れたり送り出したりできなければ、左心房から肺静脈側の圧が上昇し、肺毛細血管から肺間質・肺胞へ水分が移動しやすくなる。こうした肺うっ血・肺水腫は呼吸仕事量の増加や酸素化障害を引き起こし得る。

図2 高血圧性急性心不全を疑う病態フロー
図2 血圧とSpO₂は観察事実。後負荷増大、充満圧上昇、肺うっ血はそこから考える病態であり、直接測定した値ではない。

注目したいのは、急性肺水腫が必ずしも体内の水分の著しい増加だけで起こるわけではないということだ。交感神経活動による血管収縮などで血液の分布が急激に変わり、中心循環や肺循環の圧が上がる「体液再分布」が関係することがある。[1]

夜間に悪化したという経過も重要である。仰臥位では下肢などから胸腔内への血液分布が変化し、肺うっ血が強くなる場合がある。現場では「横になると苦しいか」「上半身を起こすと楽になるか」「眠ってから息苦しくて目覚めたか」を確認したい。ただし、この症例で起坐呼吸が確認されたわけではない。

SpO₂88%は重要な低酸素血症の所見である。しかし、これだけで心原性肺水腫とは診断できない。肺炎、COPD急性増悪、肺血栓塞栓症、気胸など、呼吸困難を起こす別の病態も並行して鑑別する。胸痛や動悸があれば、急性冠症候群や重篤な不整脈による急性心不全も疑う必要がある。

この症例で追加して確認すべきなのは、呼吸数、努力呼吸、会話の可否、肺音、意識、皮膚冷感・冷汗、脈拍、心電図、症状の変化である。「血圧が高いから循環は安定している」とは判断しない。

症例2:頸静脈怒張、下腿浮腫、腹部膨満感

71歳男性。嘔吐、食欲低下、体調不良、腹部膨満感、足のむくみがあり、頸静脈怒張と下腿の圧痕性浮腫を認める。血圧145/95mmHg、脈拍105回/分である。

一見すると消化器症状が前面に出ている。しかし、頸静脈怒張と圧痕性浮腫の組み合わせからは、体静脈系のうっ血を疑いたい。

頸静脈怒張は右心房圧、すなわち右心系の充満圧上昇を示唆する身体所見である。体静脈圧が高くなると、毛細血管から間質への水分移動が増え、下腿などに浮腫が現れる場合がある。肝臓や消化管のうっ血によって、食欲低下、腹部膨満感、悪心などが生じることもある。[1]

図3 体静脈うっ血と身体所見
図3 頸静脈怒張、圧痕性浮腫、腹部症状から体うっ血を疑う。心拍出量低下が必ず原因であるという図ではない。

ただし、ここで「右心不全」と決めつけてはいけない。頸静脈怒張の背景には右室の機能障害だけでなく、肺高血圧、弁膜症、心膜疾患などがある。下腿浮腫は腎疾患、肝疾患、静脈疾患、薬剤などでも生じる。急性の右心負荷が疑われれば肺血栓塞栓症も重要な鑑別になる。

また、うっ血の存在と心拍出量低下は同義ではない。今回の数値から心拍出量は求められない。血圧が145/95mmHgと保たれていても、血管収縮によって血圧が維持されている可能性はある。反対に、頸静脈怒張と浮腫だけで低心拍出を確定することもできない。

追加観察として、呼吸困難や起坐呼吸の有無、SpO₂、呼吸数、肺音、胸痛、皮膚冷感、末梢循環、意識、尿量の変化、浮腫の左右差・発症時期、体重変化を確認したい。消化器症状の評価も中断してはならない。呼吸困難の記載がないことは、呼吸困難がないことの証明ではない。

2つの症例は、何が違うのか

観点 症例1:77歳男性 症例2:71歳男性
主な訴え 夜間に悪化する呼吸困難 嘔吐、食欲低下、腹部膨満感、むくみ
確認された所見 BP 210/100mmHg、SpO₂88% BP 145/95mmHg、HR 105/分、頸静脈怒張・圧痕性浮腫
重要な病態仮説 肺うっ血・高血圧性急性心不全 右心系充満圧上昇・体うっ血
前負荷・後負荷 左室後負荷増大、左心系充満圧上昇を疑う 体静脈圧上昇を疑う。後負荷は直接分からない
心拍出量 測定されていない 測定されていない
追加観察の重点 呼吸不全の程度、心電図、末梢循環 呼吸状態、全身灌流、浮腫の経過、鑑別疾患
申し送りの重点 酸素化低下と呼吸状態の経時的変化 頸静脈怒張・浮腫・腹部症状の組み合わせと経過
図4 2症例の観察事実と推定病態
図4 模試由来の2症例の比較図。図にある模試の正答番号は教育資料上の記載であり、公式解答との照合は未実施。ブログでは臨床推論を重視する。

症例1は肺うっ血が、症例2は体うっ血が目立つと考える。しかし、肺うっ血と体うっ血は互いに排他的なものではない。どちらも併存し得るし、両者に低灌流が加わることもある。

前負荷・後負荷・心拍出量を現場の言葉で整理する

前負荷:送り出す直前の心筋の伸展・負荷

前負荷とは、心室が収縮する直前の心筋の伸展・負荷である。心室拡張末期容積や充満圧は関連する指標だが、同じものではない。まして前負荷=循環血液量ではない。

左心系の充満圧が上昇して肺うっ血を来していても、全身の循環血液量が必ず著増しているとは限らない。臨床現場で観察される浮腫や呼吸困難から、前負荷そのものを測定することはできない。

後負荷:血液を送り出す際の負荷

後負荷は、心室が駆出するときに受ける負荷である。左室の場合、動脈圧、末梢血管抵抗、大動脈弁や心室壁の状態などに左右される。著明な高血圧は左室後負荷増大を疑う重要な手掛かりだが、血圧=後負荷、血圧=末梢血管抵抗ではない。

図5 前負荷と後負荷の違い
図5 前負荷は収縮直前、後負荷は駆出時の負荷。解剖を簡略化した概念図。
図6 細動脈の収縮と末梢血管抵抗
図6 細動脈収縮によって血管抵抗が増加し得ることを示す模式図。後負荷は末梢血管抵抗だけでは決まらない。

心拍出量:脈が速いから流量が多いとは限らない

心拍出量は心拍数×1回拍出量で求める。単位をL/分にするときは、1回拍出量をmLで用いる場合、1,000で割る。

例えば、60回/分×70mL/回=4.2L/分。一方、120回/分×25mL/回=3.0L/分となる。これらは説明のための仮定値で、今回の2症例の測定値ではない。頻脈であっても1回拍出量が低下すれば、心拍出量は減り得る。

図7 心拍出量と頻脈の関係
図7 心拍数が増加しても心拍出量が減少し得る例。数字は説明用の仮定値。

フランク・スターリングの関係が教えてくれること

正常な心臓では、前負荷が増加すると一定の範囲で1回拍出量も増える。しかし、心収縮機能が低下していれば、同じ前負荷でも拍出量が小さく、充満圧が上がっても十分に送り出せない場合がある。

だから「前負荷が高いのに、心拍出量は少ない」という状態は矛盾しない。一方で、心不全のすべてが収縮機能低下や低心拍出を伴うわけではない。拡張機能障害を主体とする心不全なども考慮する必要がある。

図8 フランク・スターリング曲線
図8 横軸は前負荷、縦軸は1回拍出量の相対値。実測データではない概念図。

救急隊が評価したい3つの軸:肺うっ血・体うっ血・低灌流

心不全を疑う現場では「心不全らしいか」だけでなく、「現在、命に関わる呼吸・循環障害があるか」を先に考える。[1][2]

評価軸 観察の手掛かり 注意点
肺うっ血 呼吸困難、起坐呼吸、夜間呼吸困難、水泡音、酸素化低下 SpO₂だけで確定・否定できない
体うっ血 頸静脈怒張、圧痕性浮腫、腹部膨満感、体重増加の経過 心不全に特異的な所見とは限らない
組織低灌流 意識変化、四肢冷感、冷汗、末梢循環不良、尿量低下の経過 血圧が保たれていても否定できない
図9 肺うっ血と体うっ血
図9 肺うっ血と体静脈系うっ血の典型所見の比較。両者は併存し得る。

特に見落としたくないのは、血圧が保たれている段階の低灌流である。交感神経系による代償で血圧が維持されていても、臓器に十分な血流が届いていない場合がある。「測定できる血圧がある」ことと「十分な灌流がある」ことは同義ではない。

現場活動にどうつなげるか

まず呼吸・循環・意識の異常を評価する

接触時には意識、気道、呼吸、循環を迅速に評価する。重度の呼吸困難、呼吸疲労、会話困難、意識変化、循環不全の兆候があれば、疾患名を確定する前に緊急性の高い状態として対応する。総務省消防庁の「緊急度判定プロトコルVer.3」は、現場での緊急性の評価と搬送先選定・搬送方法を考える資料として公開されている。[2]

呼吸状態では、SpO₂の値だけでなく呼吸数、深さ、努力呼吸、会話の可否、肺音、体位、経時的変化を確認したい。循環状態では、血圧と脈拍に加え、皮膚、末梢循環、意識、心電図、尿量低下の情報などを総合する。

SpO₂88%なら酸素化低下に対応する

2025年改訂版の心不全診療ガイドラインは、急性非代償性心不全でSpO₂が90%未満またはPaO₂が60mmHg未満の場合、低酸素血症を改善するための酸素投与を推奨している。[1]

症例1のSpO₂88%はこの基準に該当する。ただし、救急現場での具体的な酸素投与方法は、傷病者の呼吸状態を評価したうえで地域の救急活動プロトコルに従う。呼吸状態が改善せず高度な呼吸管理を要する可能性があれば、その必要性を搬送先と共有する。

ガイドラインでは重症呼吸不全に対するNPPVなども扱っているが、病院で実施する治療と、日本の救急隊が全国一律に行える処置は区別しなければならない。

心電図は「原因」を探す手掛かりにもなる

急性冠症候群や不整脈は、急性心不全の誘因にもなる。胸痛の有無だけでなく、心電図所見と循環動態を併せてみることが重要である。

2026年9月9日から適用された厚生労働省の通知改正では、12誘導心電図の測定・伝送が救急救命処置に含まれることが明示された。[3] 実施に際しては地域のメディカルコントロール体制、教育訓練、運用基準に従う。記録の有無や異常の有無だけで急性冠症候群を完全に除外できるわけではない。

問診と申し送りは「経過」を伝える

症状が突然始まったのか、数日で悪化したのか。最近、体重やむくみが増えたのか。横になると息苦しいのか。心不全・虚血性心疾患・弁膜症・腎疾患などの既往、透析歴、服薬状況、薬の中断の有無も重要な情報になる。

搬送先への連絡では、単に「心不全疑い」と伝えるよりも、観察事実→疑う病態→重症化の兆候→実施処置とその反応の順に整理したい。例えば症例1なら、夜間に悪化した呼吸困難、BP 210/100mmHg、SpO₂88%、追加観察した呼吸仕事量と循環所見、処置後の経過を伝える。症例2なら、頸静脈怒張と圧痕性浮腫に加え、腹部症状、呼吸・末梢循環の評価、発症経過を伝える。

重症傷病者では詳細な問診や記録に時間をかけて、必要な処置や適切な医療機関への搬送を遅らせてはならない。

まとめ:一つの数値では循環動態は見えない

血圧が高いから心拍出量が十分とは限らない。SpO₂が正常でも心不全は否定できない。頸静脈怒張があっても、低心拍出が確定したわけではない。

重要なのは、観察所見から肺うっ血、体うっ血、組織低灌流という複数の視点で病態を考えることである。そして、事実と推定を分けたうえで、呼吸・循環の危険を評価し、継続観察と適切な搬送につなげることだ。

救急隊の役割は病院前で心不全の病型を確定することではない。しかし、観察の背後にある循環動態を考えられれば、同じ血圧やSpO₂の数値から得られる情報は大きく変わる。


参考文献

  1. 日本循環器学会・日本心不全学会合同研究班.2025年改訂版 心不全診療ガイドライン(2025年11月14日更新).公式PDF。英文版:JCS/JHFS 2025 Guideline on Diagnosis and Treatment of Heart Failure. Circ J. 2025;89:1278–1444. DOI:10.1253/circj.CJ-25-0002。
  2. 総務省消防庁.緊急度判定プロトコルVer.3(救急現場).公式掲載ページ。
  3. 厚生労働省医政局地域医療計画課長.「救急救命処置の範囲等について」の一部改正について(2026年9月9日適用).日本救急救命士会の通知掲載ページ。
  4. Heidenreich PA, et al. 2022 AHA/ACC/HFSA Guideline for the Management of Heart Failure. Circulation. 2022;145:e895–e1032. DOI:10.1161/CIR.0000000000001063。
  5. McDonagh TA, et al. 2023 Focused Update of the 2021 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure. Eur Heart J. 2023;44:3627–3639. DOI:10.1093/eurheartj/ehad195。

記事・図版は救急隊員向けの教育資料であり、個別の傷病者への診断・治療指示を目的としない。救急処置・搬送先選定は、所属消防本部の活動基準と地域MC体制に従う。

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