※本記事は、救急現場の実情をもとに一般向けにも読める形で解説しています。特定の医療機関・地域・個人を非難するものではありません。

はじめに|電話が増えるほど、時間は削られる
救急現場では、病院への連絡が一度で決まらないことがあります。
- 電話をかける
- 詳しく聞かれる
- 結果的に断られる
- 次の病院へ連絡する
このやり取りが続くと、現場にいる時間だけが確実に延びていく。
ここでよく誤解されるのが、
救急隊の説明が下手だから時間がかかるのではないか
という見方です。
確かに説明の仕方で結果が変わる場面はあります。しかし、それがすべてではありません。
問題の本質は、「何をどの順番で伝えるか」にあります。
1. なぜ「最初から全部説明するほど断られやすくなる」のか
一見すると、「最初に情報をすべて出した方が、病院も判断しやすい」と思われがちです。しかし現実には、情報を盛れば盛るほど、断られる可能性が高くなる場面が少なくありません。
なぜでしょうか?
病院側は、
- 本当に対応できるか
- リスクが高すぎないか
- 後から問題にならないか
を同時に考えています。
情報が多いということは、それだけ
- 対応困難な要素
- 判断を迷わせる要素
も増えるということです。
結果として、「できない理由」を見つけやすくなる。
これは病院が冷たいからではありません。制度上、そう判断する方が安全だからです。

2. 救急搬送の判断は「説明力」ではなく「整理力」
救急隊に求められているのは、話術や説得力ではありません。重要なのは、情報をどう整理して出すかです。
救急隊が現場で集めている情報は、
- 傷病者の状態
- 経過
- バイタル
- 家族情報(背景)
など、非常に多岐にわたります。しかし、そのすべてが最初の病院連絡に必要なわけではありません。
3. まず出すべきは「実施基準に直結する情報」
病院が最初に判断したいのは、
その患者は、うちが受けるべき対象かどうか
です。
その判断軸になるのが、各都道府県で定められている傷病者搬送・受入れの実施基準です。
したがって、最初に伝えるべき情報は、
- 症候分類(意識障害、外傷、胸痛など)
- 緊急性(今すぐ介入が必要か)
- 専門性(一般医療か、高度医療か)
この3点に集約されます。
これが明確になるだけで、病院側の判断速度は大きく変わります。

4. 「個人の感覚」ではなく「基準の言葉」で話す
病院が最も警戒するのは、
救急隊員個人の経験や印象だけに基づく説明
です。
そこで重要になるのが、基準ベースでの言語化です。
例
悪い例「見た感じ、かなり重そうです」
良い例「実施基準上、〇〇分類に該当します」
この違いは大きい。
後者の場合、判断の主体が
- 救急隊個人 → 制度
に移ります。
病院側にとっても、制度判断を正面から否定する形になるため、対応が変わりやすくなります。
5. 質問されたときの「答え方」にも順番がある
病院から質問を受けたとき、すべてに同じ重さで答える必要はありません。
質問には、実は3つのレベルがあります。
- 実施基準に直接影響する質問
- 受入可否の最終判断に必要な質問
- 参考情報としての質問
3番まで丁寧に答えていると、通話はどんどん長くなります。
まずは1番と2番を明確にする。それだけで、「判断が先延ばしになる電話」は減ります。
6. それでも断られるときに大切なこと
どれだけ工夫しても、断られる場面はあります。そのときに重要なのは、感情ではありません。
「記録」です。
- どの基準に該当すると伝えたか
- 何が理由で不可とされたのか
これは責任逃れではなく、次の判断を守るための根拠です。
結果として、救急隊員個人を守り、組織を守ることにもつながります。
7. 一般の方に知ってほしいこと
病院探しの電話が長引くと、
何をしているのか分からない
と感じられるかもしれません。しかしその裏では、
- どこなら確実に治療につながるか
- 無理な搬送にならないか
を、制度の中で慎重に探しています。
迷っているのではなく、選び間違えないようにしているのです。
おわりに|電話を減らすことが目的ではない
救急隊の目的は、電話の回数を減らすことではありません。傷病者を、最も適切な医療につなぐことです。
そのために、
- 情報を整理し
- 基準で語り
- 判断を制度に委ねる
この積み重ねが、結果として「無駄な電話」を減らします。
次回は、「救急救命士を目指す学生に“きれいな救急医療”だけを教えてはいけない理由」をテーマに掘り下げます。





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