救急救命士はドクターヘリに乗る時代へ?「患者の時計は待ってくれない」

日本の救急救命士、救急車、ドクターヘリ、病院が連携する救急医療搬送体制のイメージ 救急の仕組み
救急医療は、救急車だけで完結するものではない。救急現場から病院まで、限られた人材と搬送手段をどうつなぐかが問われている。

厚労省の中間とりまとめから考える、日本の病院前救護のこれから

2026年9月30日、厚生労働省から「救急医療搬送体制等のあり方に関する検討会」の中間とりまとめが公表されました。名前だけ見ると、少し堅い資料ですが、中身を読んでいくと、これからの救急救命士の役割にかなり踏み込んだ内容が含まれています。特に気になったのは次の3点です。

① 救急救命士のドクターヘリ等への機内搭乗
② 救急救命士の処置範囲の拡大
③ 医療機関に勤務する救急救命士等の配置・確保

まだ決まったわけではありません。救急救命士がすぐにドクターヘリへ乗るわけでも、新しい処置が明日からできるようになるわけでもありません。あくまで「今後の検討課題」です。

それでも、この3つが国の検討会で具体的に取り上げられた意味は小さくありません。

救急医療は「早く病院へ運べば終わり」ではない

119番通報から救急隊の観察・処置、搬送先選定、病院治療まで続く救急医療の流れ
119番通報、救急隊による観察・判断・処置、搬送方法と搬送先の選定、病院での治療までが一つの救急医療である。

たとえば、家族が地方の国道で大きな交通事故に遭ったとします。救急車は来たが、一番近い病院では緊急手術ができない。50キロ先には救命救急センターがある。さて、どうするか。

そのまま救急車で運ぶのか。

ドクターヘリを呼ぶのか。

途中でドクターカーと合流するのか。

そして、その途中で血圧が下がったり、呼吸状態が悪くなったら何ができるのか。救急医療は、単に「一番近い病院へ早く運ぶ」という仕事ではありません。

119番通報→救急隊到着→観察・判断・処置→必要に応じてドクターヘリやドクターカー→搬送→病院での治療 ここまで全部がつながって、初めて一つの救急医療になります。リレー競技と同じで、途中のバトンがうまく渡らなければ、最後だけ速くても意味がありません。

大切なのは、「患者を早く病院へ運ぶこと」ではなく、「必要な医療を、必要な患者へ、できるだけ早く届けること」です。

今回の中間とりまとめでも、ドクターヘリ、ドクターカー、消防防災ヘリ、消防の救急車、医療機関が運用する救急車を、地域の実情に応じて組み合わせていく考え方が示されています。救急車かヘリか、という二者択一ではありません。

地域にある人と車とヘリと病院を、どう組み合わせるか。そこがこれからの救急医療では重要になってきます。

救急救命士がドクターヘリに乗ると、患者に何が変わるのか

医師、看護師、救急救命士がドクターヘリの現場で連携する将来の航空医療チームのイメージ
救急救命士の機内搭乗は、看護師との置き換えではなく、それぞれの専門性を生かした役割分担として検討する必要がある。

現在、日本のドクターヘリでは、医師と看護師が医療クルーの中心です。今回、その中に救急救命士を加えることが検討課題として示されました。ここで誤解してはいけないのは、「看護師の代わりに救急救命士を乗せればいい」という話ではないことです。

医師、看護師、救急救命士は、それぞれ役割も教育も違います。たとえば重症交通事故の現場で、医師が診察や治療方針の判断に集中しているとします。その間、航空医療の訓練を受けた救急救命士が、モニター管理、気道や呼吸の管理補助、搬送準備、地上救急隊との連携、機器の準備を担う。

そうすれば、医師や看護師が本来集中すべき仕事に時間を使える可能性があります。これは職種の縄張りを広げる話ではありません。チーム全体をどう動かすか、という話です。

ただし、ヘリは救急車とは全く違います。狭いし、うるさいし、揺れる。そして、飛んでいる途中で「ちょっと停めてください」はできません。

航空安全、機内での患者管理、特殊な環境での処置、緊急時対応、チーム連携。救急救命士が搭乗するのであれば、通常の救急救命士教育とは別に、こうした教育が必要になります。

米国にはFlight Paramedicという分野がありますが、その制度をそのまま日本へ持ってくるだけではうまくいかないでしょう。日本には日本の医療制度と消防制度があります。そこに合った仕組みをつくらなければ意味がありません。

処置範囲の拡大で患者が得るものは「時間」

救急車内で携帯型超音波装置を使用して患者を観察する救急救命士のイメージ
病院前超音波は「救急救命士が病名を診断する」ことではなく、病院到着前に得られる情報を増やし、搬送先選定や病院側の準備につなげることが期待される。

「救急救命士の処置範囲拡大」と聞くと、救急救命士側の権限の話に見えるかもしれません。でも、患者から見ればもっと単純です。病院に着くまで待たなければならなかったことを、少し早く始められるかもしれない。

そこに意味があります。2026年には、救急救命士による病院前超音波検査についても検討が進められています。

超音波というと、「救命士が救急車の中で病名を診断するのか」と思うかもしれません。そうではありません。たとえば交通事故で、腹の中に出血している可能性がある患者がいる。現場や搬送中に超音波で情報を得て、それを医師に伝えることができれば、「この患者は重症外傷を診られる病院へ直接運ぶべきだ」「病院到着前から輸血を準備しよう」「手術室を押さえておこう」といった判断を早められる可能性があります。

これまで病院に着いてから分かっていた情報を、その前に少しでも得る。それだけで、病院側の動きは変わります。

救急医療では、10分、15分が大きいことがあります。だから処置範囲の拡大を見るときに、「救急救命士が何をできるようになるか」だけを見るのは少し違うと思います。患者に必要な医療が、何分早く始まるのか。

見るべきなのはそちらです。

「救命士は消防にいる人」だけではなくなってきた

救急外来で消防救急隊から患者情報を受け取り医師・看護師へつなぐ病院勤務救急救命士
病院勤務の救急救命士には、救急現場と病院の双方を理解し、患者情報や搬送をつなぐ役割も期待されている。

救急救命士というと、多くの人が消防署と救急車を思い浮かべます。それは今でも中心的な姿です。ただ、少しずつ変わってきています。

2021年の救急救命士法改正によって、一定の研修を受けた救急救命士は、病院到着後にも一定の範囲で救急救命処置を行えるようになりました。現在では病院で働く救急救命士も増えています。

救急外来。

ドクターカー。

病院救急車。

病院間搬送。

救急患者の受け入れ調整。

こうした場面です。たとえば消防の救急隊から、「70代男性、突然の胸痛。12誘導心電図で急性冠症候群を疑います」という連絡が病院へ入ったとします。病院側にも現場を知る救急救命士がいれば、救急隊が何を伝えたいのかを理解し、医師や看護師へつなぐことができます。

救急現場と病院の間には、どうしても距離があります。その両方を知る人間がいる。これは思っている以上に大きな意味があります。

日本の救急救命士制度は1991年に始まった

少し歴史を振り返ってみます。日本で救急救命士制度ができたのは1991年です。病院に到着するまでの救護をもっと充実させなければならない。そのために生まれた国家資格でした。

一方、米国では1960年代後半から近代的なEMSの整備が進み、1969年前後には初期のParamedic training programが始まっています。1969年から1991年。約22年です。

もちろん、日本と米国では制度が違います。

医療制度も違う。

消防制度も違う。

教育制度も違う。

だから、「日本は22年遅れていた」と単純に言うのは正確ではありません。ただ、制度が動き始めた時期には、およそ20年の開きがありました。では、それから35年。差は縮まったのでしょうか?

米国Paramedicとの約20年の差は、本当に縮まったのか?

1969年頃の米国Paramedic、1991年の日本の救急救命士制度創設期、2026年の救急医療を表した歴史イメージ
米国で初期のParamedic programが始まった1960年代末から、日本の救急救命士制度創設、そして現在へ。約20年あった制度上の時間差は、その後縮まったのだろうか。

現在の米国では、州や地域によって違いはあるものの、Paramedicが行う処置や活動の幅はかなり広くなっています。

気管挿管。

胸腔減圧。

12誘導心電図の判読。

静脈路からの各種薬剤投与。

鎮痛。

航空医療。

Community Paramedicine。

もちろん、アメリカ全土で同じことができるわけではありません。州や地域によってscope of practiceは違います。National EMS Scope of Practice Modelも、全国一律の法律ではなく、あくまでモデルです。超音波についても、米国中の救急車で普通に使われているわけではありません。

なので、「今の日本はアメリカより40年遅れている」と一つの数字で表すのは無理があります。ただし、逆にこう問うことはできます。

1991年に制度が始まったとき、約20年あった時間差。35年かけて、どこまで縮まったのか?処置範囲だけではありません。

航空医療。

病院前での診断補助。

地域医療への参加。

活動場所。

教育制度。

こうした部分まで見ると、分野によっては、差が縮まったとは言いにくいところもあります。むしろ広がったように見える領域さえあります。

日本も35年間、止まっていたわけではない

ここは誤解のないようにしたいところです。日本の救急救命士制度も、何も変わらなかったわけではありません。

2003年には除細動の包括的指示化。

2004年には気管挿管。

2006年にはアドレナリン投与。

その後、自己注射型アドレナリン製剤への対応、ビデオ硬性喉頭鏡、心肺停止前の静脈路確保・輸液、血糖測定、ブドウ糖投与など、少しずつ処置範囲は広がってきました。

2021年には、一定の条件下で病院到着後にも救急救命処置を行えるようになっています。

一つ一つの処置について、安全性を確認する。

研究する。

教育方法を整える。

メディカルコントロール体制をつくる。

人の命を扱う以上、これは当然必要です。「外国でやっているから、日本でもやればいい」そんな単純な話ではありません。ただ、慎重に進めることと、なかなか進まないことは別です。

なぜ、これほど時間がかかるのか

2025年6月の規制改革実施計画には、少し気になる記述があります。過去に、さらに研究や具体的な検討が必要とされた救急救命処置として、

心肺停止へのアドレナリン投与の包括指示化
アナフィラキシーへのアドレナリン筋肉内投与
気管切開チューブ事故抜去時の再挿入
急性冠症候群への12誘導心電図測定・伝送
心肺停止患者への自動式人工呼吸器による人工呼吸

などが挙げられていました。ところが、その後、厚生労働省の検討会などで具体的な検討が進んでいたものは、当時、アナフィラキシーへのアドレナリン投与だけだったと整理されています。そのため政府は、処置ごとに期限を決めて検討し、速やかに結論を出すことを求めました。

さらに、「現行の範囲にとどまらず、その範囲の不断の見直し」という考え方も示されています。救急救命士制度ができて35年。ここでようやく、「不断に見直す」という言葉が前面に出てきました。

これは考えさせられます。人の命に関わるから慎重に進める。それは当然です。でも、人の命に関わるからこそ、必要性と安全性が確認されたものを何年も待たせてよいのか。こちらも同じように考える必要があります。

制度を変えることにはリスクがありますが、変えないことにもリスクがあります。救急車は、制度改正を待って止まっているわけではありません。今日も走っています。その中には、重症患者がいます。病態は待ってくれません。患者の時計も止まりません。

「救命士に何をさせるか」ではなく「患者に何が必要か」

これからの議論で、一番変えてほしいと思うのはここです。

「医師だからここまで」

「看護師だからここまで」

「救急救命士だからここまで」

という職種から出発する考え方です。もちろん資格による役割分担は必要です。ただ、救急医療で最初に考えるべきなのは患者です。

今この患者に何が必要なのか。それを誰が行えば、一番安全で早いのか。医師にしかできないことは医師が行う。看護師の専門性が必要なことは看護師が行う。十分な教育と訓練を受けた救急救命士が安全にできることは、救急救命士が行う。

その方が自然です。

救急救命士の権限を増やすための話ではありません。医師や看護師の仕事を奪う話でもありません。限られた医療資源を、患者のためにどう使うか。本来はそこから考えるべきだと思います。

35年前に埋めようとした「病院までの空白」

1991年に救急救命士制度ができた理由の一つは、病院に着くまでの間にできる医療を増やすことでした。言ってみれば、「病院に着くまでの空白を埋める」ために生まれた制度です。

35年たった今、その空白はずいぶん小さくなりました。でも、まだ残っています。今回の中間とりまとめに出てきた、

救急救命士の機内搭乗。

処置範囲の拡大。

医療機関勤務救急救命士の配置。

病院救急車。

ドクターカー。

ドクターヘリ。

これらは全部、別々の話に見えます。しかし根っこは同じです。患者に必要な医療を、どうすれば少しでも早く届けられるか。そこにつながっています。

救急医療で一番取り戻せないものは何か?

私は「時間」だと思います。高価な機械は買い替えられます。救急車も更新できます。ヘリコプターも新しくできます。

でも、失った10分は戻りません。だから制度改革には慎重さが必要です。同時に、必要な改革を必要以上に遅らせないことも大切です。人の命に関わることだから、時間をかける。それは分かります。

ただ、人の命に関わることだからこそ、「なぜ、こんなに時間がかかるのか」と問い続けることも必要だと思います。

2026年9月30日に出された今回の中間とりまとめ。これがまた一つの「検討します」で終わるのか。それとも、日本の病院前救護が次へ進むきっかけになるのか。そこは、これからしっかり見ていきたいところです。

参考資料

厚生労働省
「救急医療搬送体制等のあり方に関する検討会 中間とりまとめ」
2026年9月30日
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000516275_00012.html

厚生労働省
「救急救命処置の在り方に関する検討会」

厚生労働省
「救急救命士による病院前超音波検査」第2回検討会資料

厚生労働省
救急救命処置の拡大に関する資料

NHTSA / EMS.gov
National EMS Scope of Practice Model

NHTSA / EMS.gov
National EMS Education Standards

Los Angeles County EMS Agency
Paramedic Training Institute History

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