救急隊長が使える「ほかには?」という質問
若手隊員から相談を受けたとき、指導者はどのように応じているでしょうか。
「活動がうまくできませんでした」
「シミュレーション通りに動けませんでした」
「病院への搬送連絡がうまくまとまりませんでした」
このような言葉を聞くと、経験のある救急隊長ほど、原因と改善方法がすぐに思い浮かびます。
「結論から話したほうがいい」
「観察の優先順位が違っていた」
「搬送連絡はこの順番で伝えればいい」
もちろん、正しい知識や方法を教えることは指導者の大切な役割です。しかし、こちらが早い段階で答えを示すと、隊員が自分の行動を振り返る前に、会話が終わってしまうことがあります。
そんなときに役立つのが、コーチングで用いられるAWE質問です。
AWE質問とは「ほかには?」と尋ねること

AWEとは、英語の**And What Else?**の頭文字です。
日本語では、場面に応じて次のように言い換えられます。
「ほかには?」
「それ以外には?」
「もう一つ挙げるとしたら?」
「ほかに気になっていることはありますか?」
「別の見方をすると、どうでしょうか?」
AWE質問は、相手が最初に話した内容だけで結論を出さず、もう少し考えを広げてもらうための質問です。
Michael Bungay Stanierは『The Coaching Habit』の中で、AWE質問を七つの主要な質問の一つとして位置づけています。また、AWE質問は、ほかの質問をさらに深める役割を持つと説明されています。
重要なのは、指導者が「本当の原因を当てる」ことではありません。
隊員自身に、自分が見たこと、考えたこと、迷ったことを言葉にしてもらうことです。
最初は「知識が足りませんでした」と答えていた人も、さらに聞かれると、別の問題に気づくことがあります。
「緊張して頭の中を整理できなかった」
「周囲の動きばかり気にしていた」
「隊長に確認することをためらった」
「手順は覚えていたが、何を優先するか判断できなかった」
最初に出てきた答えは、課題の入口にすぎないことがあります。「ほかには?」という短い質問は、その奥にある引き出しを静かに開ける取っ手になります。これは学校の先生にも当てはまります。
学生の面接指導で使うとどうなるか
次の会話は、架空の例です。
学生が面接練習を終え、教員にこう話しました。
学生
「面接がうまくできませんでした」
教員
「どこが難しかったですか?」
学生
「志望動機をうまく説明できませんでした」
ここで教員がすぐに志望動機を書き直すこともできます。しかし、まずはAWE質問を使います。
教員
「なるほど。ほかには?」
学生
「質問されると焦って、結論から話せませんでした」
教員
「もう一つ挙げるとしたら?」
学生
「自分の回答が合っているか気になって、面接官の反応ばかり見ていました」
最初に示された問題は「志望動機の内容」でした。しかし、会話を続けると、複数の課題が見えてきました。
回答の構成、緊張への対処、結論から話す習慣、自分の言葉で説明する練習、相手の反応を気にしすぎることです。
教員が最初から完成した志望動機を渡していたら、文章は整ったかもしれません。しかし、緊張したときの話し方や、回答を組み立てる力までは改善されなかった可能性があります。
AWE質問を使った後で、PREP法などの話し方を教えたり、模範例を示したりすることは問題ありません。
何も教えないのではなく、教える前に一度質問するのです。
シミュレーション実習での振り返り

救急救命学科のシミュレーション実習でも、同じ考え方が使えます。
実習後、学生が次のように話したとします。
学生
「観察がうまくできませんでした」
教員には、呼吸数を測定していなかったこと、問診が不足していたこと、再評価ができていなかったことが見えています。
それでも、すぐに指摘を並べる前に質問します。
教員
「自分では、どこがうまくいかなかったと思いますか?」
学生
「観察項目を忘れてしまいました」
教員
「ほかには?」
学生
「隊員に指示を出すことに集中して、傷病者の変化を見ていませんでした」
教員
「もう一つ挙げるとしたら?」
学生
「最初に考えた病態に引っ張られて、途中で考え直せませんでした」
この学生の課題は、単なる暗記不足ではありませんでした。
隊員への指示と観察の両立、傷病者の再評価、最初の印象への固執、チーム内での役割分担、状況に応じて判断を修正する力などが含まれています。
医療シミュレーション後のデブリーフィングでは、参加者が経験を振り返り、出来事の意味を整理できる環境が重要とされています。指導者が一方的に欠点を並べるだけでは、心理的安全性が損なわれ、学習のための対話が進みにくくなる可能性があります。
AWE質問は、学生自身が活動を頭の中でもう一度再生し、判断の過程を言語化する入口になります。
救急隊長は現場で質問している余裕があるのか

ここで、大学教育と救急現場を同じように考えてはいけません。
救急隊長は、安全管理、傷病者評価、処置、搬送先選定、隊員への指示、家族や関係者への対応など、多くの責任を負っています。
生命や安全に関わる場面で、
「ほかに何をしたらいいと思う?」
と隊員に考えさせ続けることは適切ではありません。
傷病者の状態が悪化している。
隊員が危険区域に入ろうとしている。
感染防止策が不十分である。
処置や資器材操作に明らかな誤りがある。
このような場合は、隊長が短く明確に指示し、必要な行動を直ちに開始させる必要があります。
AWE質問は、救急現場における指揮命令の代わりではありません。
整理すると、基本は次のとおりです。
現場では指揮、活動後は対話。
危険がある場面では指示、学習できる場面では質問。
救急隊長の役割は、常に答えを言い続けることではありません。必要な場面では明確に答えを示し、振り返る時間がある場面では、自分で考えられる隊員を育てることです。
搬送連絡を振り返る場面

救急事案が終了した後、若手隊員が隊長にこう話したとします。
隊員
「病院への搬送連絡がうまくできませんでした」
隊長
「どの部分が難しかった?」
隊員
「情報が多くて、うまくまとめられませんでした」
隊長
「なるほど。ほかには?」
隊員
「傷病者の状態を伝える順番が分からなくなりました」
隊長
「もう一つありますか?」
隊員
「病院から質問されたとき、隊長に確認しないと答えられませんでした」
この段階で、「搬送連絡が苦手」という大きな塊が、いくつかの具体的な課題に分かれます。
情報の優先順位、連絡の基本構成、観察結果の理解、隊員間の情報共有、医療機関から予想される質問への準備、搬送連絡担当者としての役割認識です。
課題が整理できたら、隊長はMISTなどの情報整理方法を説明し、実際の搬送連絡を一緒に組み立てます。
ここでも、質問だけで終わらせるわけではありません。
本人がどこでつまずいたのかを確認した後で、必要な知識と方法を教えます。
なぜ指導者は、すぐに答えを教えたくなるのか
教員や救急隊長がすぐ助言するのには、もっともな理由があります。
経験から原因を予測できる。
限られた時間で問題を解決したい。
同じ失敗を繰り返してほしくない。
安全上の問題を早く修正したい。
自分が説明したほうが早い。
沈黙が続くと不安になる。
指導者は答えを持っているべきだと思っている。
相手が困っている姿を見ると、助けたくなる。
Michael Bungay Stanierも、助言を減らして質問を増やすという一見単純な行動は、実際には難しいと説明しています。助言する側は、自分が役に立っている感覚や、会話をコントロールしている感覚を得やすいためです。
しかし、すぐに答えを与えることが続くと、学生や若手隊員が、自分で考える前に指導者の答えを待つようになる可能性があります。
指示がなければ動けない。
状況が変わると対応しにくい。
自分の判断に自信を持てない。
失敗の原因を自分の言葉で説明できない。
こうした状態を避けるためにも、すぐに助言しない時間を、ほんの少しだけ作る意味があります。
AWE質問を習慣に変える

質問の方法を知っていても、実際の会話で使えなければ習慣にはなりません。
そこで、次の三つに分けて考えます。
この状況になったら
学生や隊員が、失敗や悩みについて最初の答えを話したとき。
これまでの行動の代わりに
すぐに原因を分析し、改善策や自分の経験を話す代わりに。
私はこうする
「なるほど。ほかには?」と一度だけ質問する。
この「この状況になったら」「これまでの行動の代わりに」「私はこうする」という形は、『The Coaching Habit』で示される新しい習慣の組み立て方に沿っています。公式資料では、新しい行動を抽象的な目標のままにせず、60秒以内でできる小さな行動に分解することも勧められています。
「優れたコーチングを身につける」では大きすぎます。
まずは、
相手が一つ答えたら、助言する前に一度だけ「ほかには?」と聞く。
これだけに絞ります。
「3秒待つ」は沈黙を守るための目安
「ほかには?」と尋ねた直後、相手が黙ることがあります。
指導者は、この沈黙を気まずく感じます。
「思いつかない?」
「例えば、こういうことはなかった?」
「つまり、知識不足ということかな?」
このように助け舟を出したくなります。しかし、その瞬間、相手は自分で考えることをやめ、指導者の言葉に合わせ始めることがあります。
そこで本稿では、実践上の目安として、質問した後に3秒待つことを勧めます。これは厳密な規則ではなく、沈黙を急いで埋めないための小さな仕掛けです。
指導者には長く感じる3秒でも、相手にとっては、頭の中にある経験を言葉へ変換する時間です。
「ほかには?」の連打は尋問になる
AWE質問は短く便利ですが、使い方を誤ると圧迫感を与えます。
「ほかには?」
「ほかには?」
「まだあるでしょう?」
「本当にそれだけ?」
これでは、相手は「指導者が求める正解を言わなければならない」と感じてしまいます。
質問の間には、受け止める言葉を入れます。
「なるほど」
「そこが気になったんですね」
「そのときは、そう考えたんですね」
「もう少し聞かせてください」
「ほかにも気づいたことはありますか」
相手が「もうありません」と答えたら、無理に掘り続けません。AWE質問は、隠された本音をこじ開ける工具ではなく、考える余白を渡す質問です。
活動後の振り返りでは、個人を責める雰囲気を避け、発言しても不利益を受けないと感じられる環境を整えることも欠かせません。心理的安全性が確保されない場では、指導者が質問しても、相手は無難な答えしか話せない可能性があります。
質問せず、直接教えるべき場面もある
AWE質問は万能ではありません。
次のような場合は、直接的な指示や指導を優先します。
人命や安全に直結する場合。
明らかな手順違反がある場合。
感染防止や事故防止に関する場合。
法令、規則、プロトコルを守る必要がある場合。
本人に基礎知識がなく、自力で答えに到達できない場合。
時間的な余裕がない場合。
強い不安や混乱がある場合。
重大事故、ハラスメント、倫理的問題が疑われる場合。
特に救急活動中は、隊長が判断を先送りせず、必要な指示を出さなければなりません。
「質問する指導者がよい指導者」という単純な話ではありません。
質問する場面と、教える場面を見極めることが重要です。
教えることと考えさせることは両立できる
指導は、「質問するか、教えるか」の二者択一ではありません。
次のような順序で進められます。
最初に、本人に状況を説明してもらう。
AWE質問で考えを広げる。
本人が考える課題を確認する。
指導者から見えた事実を伝える。
必要な知識や方法を教える。
次回に行う具体的な行動を決める。
大学教員には、学生自身が考える時間をつくる役割と、正しい知識を教える役割があります。
救急隊長には、現場を安全に統率する役割と、将来一人でも判断できる隊員を育てる役割があります。
どちらも片方だけでは足りません。
現場では指揮、活動後は対話。
そして、対話の場面では、教える前に一度質問する。
次に学生や隊員から相談を受けたとき、助言を始める前に、一度だけ聞いてみてください。
「なるほど。ほかには?」

参考文献・参考資料
- マイケル・バンゲイ・スタニエ著、吉村明子訳『1万人のマネジャーを指導したコーチングのプロが教える 質問力で人を動かす』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2025年。
※AWE質問「あと、ほかには何がありますか?」を含む、7つの質問を紹介した日本語書籍。 - Bungay Stanier, M. The Coaching Habit: Say Less, Ask More & Change the Way You Lead Forever. Box of Crayons Press, 2016.
※AWE質問(And What Else?)と、質問を日常の習慣にする考え方の原典。 - Eppich, W., & Cheng, A. “Promoting Excellence and Reflective Learning in Simulation(PEARLS): Development and Rationale for a Blended Approach to Health Care Simulation Debriefing.” Simulation in Healthcare, 10(2), 106–115, 2015.
doi: 10.1097/SIH.0000000000000072
※自己評価、対話による振り返り、指導者からのフィードバックを組み合わせたデブリーフィングの枠組み。 - Rudolph, J. W., Simon, R., Rivard, P., Dufresne, R. L., & Raemer, D. B. “Debriefing with Good Judgment: Combining Rigorous Feedback with Genuine Inquiry.” Anesthesiology Clinics, 25(2), 361–376, 2007.
doi: 10.1016/j.anclin.2007.03.007
※指導者の評価を一方的に伝えるのではなく、相手の考えや判断の背景を問いかけるデブリーフィング方法。 - INACSL Standards Committee, Decker, S., Alinier, G., Crawford, S. B., Gordon, R. M., Jenkins, D., & Wilson, C. “Healthcare Simulation Standards of Best Practice™: The Debriefing Process.” Clinical Simulation in Nursing, 58, 27–32, 2021.
doi: 10.1016/j.ecns.2021.08.011
※シミュレーション教育における、計画的なフィードバック、デブリーフィング、振り返りの必要性を示した国際的な基準。 - Kolbe, M., Eppich, W., Rudolph, J., et al. “Managing Psychological Safety in Debriefings: A Dynamic Balancing Act.” BMJ Simulation & Technology Enhanced Learning, 6(3), 164–171, 2020.
doi: 10.1136/bmjstel-2019-000470
※デブリーフィングで、参加者が失敗や疑問を安心して話せる心理的安全性を維持する方法について論じた文献。
※本記事に示した「『ほかには?』と質問した後に3秒待つ」という方法は、沈黙を急いで埋めないための実践上の目安として筆者が整理したものであり、厳密な時間基準を示したものではありません。

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